そばにいるきみのために

 

「で?」

「………………『で?』って言われても」

 椅子に腰掛け、あきれた視線を向けている仁絵を、フローリングに座っている絵理子は情けなさそうな瞳で見上げた。

「————そんな目したってだ〜め。どーして、ここに絵理ちゃんがいるわけ?」

「………………だって」

「————『だって』何よ?」

「仁絵ちゃんに逢えないの………寂しかったんだもん」

 全く、このおこちゃまは………。

 仁絵は頭を抱えた。

 どうして、どうして、自分には絶対に言えないその一言を、さらりと言ってのけるのだろう?しかも、その言葉を嬉しがってる自分が存在してる。

「仁絵ちゃん………」

 今度は挑むように視線を向けた。そのまっすぐな瞳に、仁絵は思わず身を引く。

 絵理子はすっくと立ち上がると、仁絵の方に近づいて来た。机に手をつき、腕の作り出す空間に、仁絵を閉じこめる。

「ちょ………ちょっと、絵理ちゃん」

 思わず、絵理子を見上げる。間近に迫る顔に、どぎまぎしながら。

「————仁絵ちゃんは、違う?」

 どうしよう。

 直接触れてるわけではないのに、胸がときめいて困った。

 その困った表情を、絵理子は勘違いしたらしい。すっと、腕を引くと、左手は腰に当て、右手で辛そうに前髪をかきむしった。

「あ〜〜〜、ごめん!」

「………え?」

「仁絵ちゃん、困らせようとしたわけじゃないの。でも………あ〜〜〜、やっぱ、迷惑だったよね、うん。ほんと………ごめん」

「そ………そんなこと」

 そんなこと、ない。

————コンコン。

 言いかけた唇は、突然のノックの音で動きを止めた。

「………どうぞ」

「おかえり〜〜〜仁絵ちゃん」

 ドアが開いて現れたのは、寛子だった。右手にコンビニの袋を持ち、左手で『よっ』と挨拶をする。

「講習お疲れさま〜〜〜、はい、手土産」

「ありがと〜〜」

 にこにこと会話している二人を横目に、絵理子はよっと立ち上がった。

「あれ?どしたの、絵理ちゃん」

「————うん、ちょっと、出てくる。すぐ、戻ってくるから」

 いつになく真面目な表情に、二人とも何も言えなかった。

「じゃね」

 ドアが締まると、絵理子の背を見送っていた寛子は、くるりと仁絵に向き直った。

「あたし………何か、邪魔した?」

「ううん、別に」

 寛子は尚も不満げな表情をしていたが、小さく息をつくと、ベッドにゆっくりと腰掛けた。そのまま、ごろりと寝転がる。

「だいぶ、お疲れのようだね〜〜〜」

「な〜〜〜んか、父さんも母さんも離れていた分だけかまいたがってね〜〜〜、何か、うん」

 言いよどむ寛子の言葉を仁絵は続けた。

「ウザったい?」

「————まぁね」

 肩を竦める寛子に、仁絵は苦笑しながら続ける。

「寮に入っちゃうと、多かれ少なかれそうなっちゃうらしいよ?しょうがないよね」

————あたしもそうだったし。

「う〜〜〜〜ん」

 やれやれと息をつくと、寛子はむっくりと起きあがる。そして、じぃっと仁絵を見つめた。

「————何?」

 寛子は一瞬瞳を逸らしたが、すぐに視線を戻した。

「あのさ〜〜〜」

「うん?」

 仁絵は判っているのに、敢えて問う。寛子は一瞬、身を引くが、小さく息をついた。

「………仁絵ちゃんって意地悪だ」

「何のことかな〜〜??」

「………判りました、ちゃんと言います!————多香ちゃん、大丈夫だった?」

「………大丈夫って?」

 片眉をひょいとあげて、問い返す。寛子は『う〜〜〜』っと唇を尖らせながら、答えた。

「………淋しがって、なかった?」

「————それって、ノロケ?」

 呆れたように仁絵は言葉を返す。寛子は顔を耳まで赤くしながら、慌てて両手を振った。

「違う………違うってば!だから、あの………えと」

 しかし、言葉が意味をなさない。仁絵はくすくす笑いながら、寛子の頭をよしよしと撫でる。

「はいはい、判りました判りました」

 そして、すぐに真面目な表情になり、う〜〜んと天井を見上げた。

 

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