そばにいるきみのために
9
「で?」
「………………『で?』って言われても」
椅子に腰掛け、あきれた視線を向けている仁絵を、フローリングに座っている絵理子は情けなさそうな瞳で見上げた。
「————そんな目したってだ〜め。どーして、ここに絵理ちゃんがいるわけ?」
「………………だって」
「————『だって』何よ?」
「仁絵ちゃんに逢えないの………寂しかったんだもん」
全く、このおこちゃまは………。
仁絵は頭を抱えた。
どうして、どうして、自分には絶対に言えないその一言を、さらりと言ってのけるのだろう?しかも、その言葉を嬉しがってる自分が存在してる。
「仁絵ちゃん………」
今度は挑むように視線を向けた。そのまっすぐな瞳に、仁絵は思わず身を引く。
絵理子はすっくと立ち上がると、仁絵の方に近づいて来た。机に手をつき、腕の作り出す空間に、仁絵を閉じこめる。
「ちょ………ちょっと、絵理ちゃん」
思わず、絵理子を見上げる。間近に迫る顔に、どぎまぎしながら。
「————仁絵ちゃんは、違う?」
どうしよう。
直接触れてるわけではないのに、胸がときめいて困った。
その困った表情を、絵理子は勘違いしたらしい。すっと、腕を引くと、左手は腰に当て、右手で辛そうに前髪をかきむしった。
「あ〜〜〜、ごめん!」
「………え?」
「仁絵ちゃん、困らせようとしたわけじゃないの。でも………あ〜〜〜、やっぱ、迷惑だったよね、うん。ほんと………ごめん」
「そ………そんなこと」
そんなこと、ない。
————コンコン。
言いかけた唇は、突然のノックの音で動きを止めた。
「………どうぞ」
「おかえり〜〜〜仁絵ちゃん」
ドアが開いて現れたのは、寛子だった。右手にコンビニの袋を持ち、左手で『よっ』と挨拶をする。
「講習お疲れさま〜〜〜、はい、手土産」
「ありがと〜〜」
にこにこと会話している二人を横目に、絵理子はよっと立ち上がった。
「あれ?どしたの、絵理ちゃん」
「————うん、ちょっと、出てくる。すぐ、戻ってくるから」
いつになく真面目な表情に、二人とも何も言えなかった。
「じゃね」
ドアが締まると、絵理子の背を見送っていた寛子は、くるりと仁絵に向き直った。
「あたし………何か、邪魔した?」
「ううん、別に」
寛子は尚も不満げな表情をしていたが、小さく息をつくと、ベッドにゆっくりと腰掛けた。そのまま、ごろりと寝転がる。
「だいぶ、お疲れのようだね〜〜〜」
「な〜〜〜んか、父さんも母さんも離れていた分だけかまいたがってね〜〜〜、何か、うん」
言いよどむ寛子の言葉を仁絵は続けた。
「ウザったい?」
「————まぁね」
肩を竦める寛子に、仁絵は苦笑しながら続ける。
「寮に入っちゃうと、多かれ少なかれそうなっちゃうらしいよ?しょうがないよね」
————あたしもそうだったし。
「う〜〜〜〜ん」
やれやれと息をつくと、寛子はむっくりと起きあがる。そして、じぃっと仁絵を見つめた。
「————何?」
寛子は一瞬瞳を逸らしたが、すぐに視線を戻した。
「あのさ〜〜〜」
「うん?」
仁絵は判っているのに、敢えて問う。寛子は一瞬、身を引くが、小さく息をついた。
「………仁絵ちゃんって意地悪だ」
「何のことかな〜〜??」
「………判りました、ちゃんと言います!————多香ちゃん、大丈夫だった?」
「………大丈夫って?」
片眉をひょいとあげて、問い返す。寛子は『う〜〜〜』っと唇を尖らせながら、答えた。
「………淋しがって、なかった?」
「————それって、ノロケ?」
呆れたように仁絵は言葉を返す。寛子は顔を耳まで赤くしながら、慌てて両手を振った。
「違う………違うってば!だから、あの………えと」
しかし、言葉が意味をなさない。仁絵はくすくす笑いながら、寛子の頭をよしよしと撫でる。
「はいはい、判りました判りました」
そして、すぐに真面目な表情になり、う〜〜んと天井を見上げた。
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