そばにいるきみのために

 

「あ〜〜あ」

 自分のベッドに腰掛けながら、多香子は誰ともなしに溜息をつく。下に向いていた視線を上げ、ぐるりと周囲を見渡した。

————何だか、部屋が広く感じる。

 本日の午前中に終業式は終わり、午後には帰省組は次々と出発していた。

『いってきます』

 複雑そうな笑みを浮かべた先発帰省組の2人は、残る2人に————こちらも複雑な表情をしていたのだが————軽く手を振った。

 ちゃんと、笑顔で見送れただろうか?

 今更ながら、多香子は思う。そして、自嘲気味に微笑った。

「ばっかみたい」

 こてんとベッドに横になり、口に出して呟いてみる。

 寛子がいなくなってから、まだほんの数時間しか経ていないのに、全身で『寂しい』と感じている自分に。そして、また、半年以上も前、何もかも————そう、温もりや優しさですら————否定しつづけた自分に。

 だけど、どっちの自分も愛しく感じる。そう思えるようになったのは、寛子のおかげ。昔の自分も、今の自分も否定せず、あるがまま受け入れてくれた彼女のおかげ。

「————好きだよ」

 思わず口をついた本音に、多香子は1人顔を赤くする。

 そんな時、部屋のドアがノックされた。

「はい」

「おじゃま〜〜〜」

 ドアから顔を覗かせたのは、年末まで寮に残る仁絵であった。

「どしたの?何か、顔赤いよ」

 怪訝な表情で、多香子に視線を向ける。

「気・・・・・・気のせいじゃない?」

 仁絵は何か言いかけたが、すぐにひょいと肩を竦め、

「普段と違って、だいぶ静かだよね」

 微笑みながら、話題を変える。

 それもそのはず、夏休みと違い、中等部にはほとんど人が残っていなかった。それとは逆に高等部の方は受験の為、かなりの人数が残っていて、それゆえ普段と変わらない気がするそうだ。

「そだね」

 頷きながら、多香子はじぃっと仁絵を見つめた。その瞳に圧倒され、思わず、仁絵は身を引いた。

「な・・・・・・何?」

「————どうして、はっきり返事しないの?」

「はい?」

 唐突な質問に、仁絵は語尾を上げて問い返す。

「嫌いだったら、きちんと嫌いだって言えばいいじゃない」

 その一言で、何を言ってるのか判ってしまった。思わず、仁絵は俯いてしまう。

 仁絵の絵理子の想いを知っているのは、多香子ともう1人しかいないのだ・そして、最近、しっかりと自己主張し始めた絵理子は、『好きな人がいる』と言って憚らなくなってきている。

 その真意を、幼馴染みである仁絵に問いただす者が後を絶たない。————人の気も知らないで。

「ごめん・・・・・・」

 黙りこんでしまった仁絵に、多香子はおずおずと話し掛ける。我に返った仁絵は、ハッと顔を上げると、ゆっくりと首を横に振った。

「ううん・・・・・・そうだよね、多香ちゃんの言う通りなんだよね・・・・・・」

 そうなのだ、はっきりとそう言えばよいのだ。だけど————だけど、言える訳、ない。

 理由は簡単。好きだから。本当は大好きなのに、大切なのに、素直になれない訳がある。

 だけど、多香子にはそれを言えない。

「仁絵ちゃんには仁絵ちゃんの考えがあるんだろうから・・・・・・口出ししたくなかったんだけど。やっぱ、あんな絵理見てると、ちょっとね」

 あんまりにもひたむきで、真っ直ぐな絵理子。寛子とは違った意味で、とても大切な彼女には、幸せになってほしい。心からそう思ってる。

「うん・・・・・・」

 仁絵は瞳を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。そんな時、不意に、寮内の呼び出しがかかる。

『312号室の上原さん、お電話です』

「あっ・・・・・・」

 困った様に仁絵に視線を向ける多香子に、仁絵は立ち上がりながら軽い口調で答えた。

「じゃ・・・・・・もう、あたし帰るわ」

「うん・・・・・・ごめん」

 一緒に部屋を出ながら、多香子はしゅんとした表情で謝る。

「いいっていいって。あ、でも、ご飯は一緒に食べようね」

「うん、もちろん!じゃ・・・・・・おやすみ」

「じゃね」

 その背が見えなくなるのを確認してから、多香子は猛ダッシュで階段を降りていったのだった————転ばぬように気をつけながら。

 

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