そばにいるきみのために

3

 

「————こんな所にいた」

 人気のない屋上。ぼんやりと星を眺めていた上原多香子は、不意にかかる声にゆっくり振り向く。

「寛ちゃん・・・・・・」

「探したよ・・・・・・どしたの?何も言わずに出てくなんて」

 近寄ってくる寛子の視線から逃げるように、多香子はふっと視線を逸らした。

「多香ちゃん?」

 寛子は両腕を伸ばし、その身体を閉じ込めた。どれだけこの場所にいたのだろう、髪も身体も触れる全てが冷え切っていた。

「あったかい・・・・・・」

 寛子の腕の中、甘える様に多香子は呟く。その言葉に、寛子は抱く腕をますます強くした。

「全く・・・・・・こんなになるまで。ほら、戻るよ」

「————荷物、まとめ終わったの?」

 不意に問い掛けられた言葉に、寛子は腕の中の相手を見返す。しばしの沈黙の後、頷いた。

「うん・・・・・・」

「そっか・・・・・・」

 静かに離れようとする多香子を、寛子は強引に腕の中に閉じ込める。

「寛・・・・・・」

「何度も言うけど・・・・・・一緒に、来ない?」

「行かない」

 判りきった答えに、寛子は小さく溜息をついた。冬休みに入る1ヵ月も前から、何度も何度も繰り返されてきた問答だった。

「————どうして?」

「そこまで甘えられないから。————大丈夫、たった2週間じゃない。寂しくなんて・・・・・・ないよ」

 本当は、泣きたいぐらい、心が不安定だけど。

 両腕に力をこめ、多香子は寛子からそっと離れた。そして、ふわりと微笑う。

 その微笑みは、もう、胸をかきむしられるぐらいに綺麗で可愛くて、『手放したくない』と寛子は切実に思う。

「・・・・・・寂しくない?」

 掠れた声が耳に届く。多香子は微笑みながら————ああ、上手く笑えてるだろうか————ゆっくりと頷いた。

「うん」

「ほんとに?」

「大丈夫」

 寛子は柔らかいすべすべした頬を、両手でそっと包み込んだ。透き通る程、綺麗な瞳を覗き込み、こつんと額を当てる。

「じゃあ・・・・・・寂しいのって、あたしだけなんだ・・・・・・」

「————・・・・・・」

 寛子の言葉に、多香子は何も言えなくなった。言えるわけなかった。胸がぎゅぅっとつかまれるくらい、息苦しくて困った。

「寂しいよ・・・・・・あたし、多香ちゃんと離れるの。たった2週間ぐらいって笑われそうだけど・・・・・・やっぱり、寂しい」

 いつでもそうだ。寛子は正直な想いで、素直な言葉で自分の嘘や迷いを打ち砕いてしまう。

 自然に涙が溢れるのが判った。止めようにも止められない。

「多香・・・・・・」

「————も、寂しい」

「えっ?」

 驚く寛子を見上げながら、多香子は告げた。ぼろぼろ泣きながら。

「あたしも、寂しい。寛子と、一緒にいたいよ。離れたくないよ」

 多香子の言葉に、寛子は一瞬呆然としていたが、直ぐその身体を、腕の中に閉じ込める。

「多香ちゃん・・・・・・」

「でも・・・・・・でも、やっぱり、一緒にはいけないよ。折角なんだもん、邪魔したくない————判ってよ」

「うん・・・・・・うん・・・・・・ごめんね」

 その綺麗な髪を撫でながら、寛子は何度も頷いた。そっと、顔を寄せ、頬に額に瞼に、軽く唇を当てる。

「ごめん」

 唇に触れるだけのキスを降らせると、多香子を抱きしめながら、寛子はもう一度謝った。それに、多香子は囁く。

「でも・・・・・・ひとつだけ、ワガママ言っていい?」

「うん?」

「————ちょっとでもいいの・・・・・・毎日、電話して」

 離れていても、声だけでもききたいから。

 寛子はその言葉に、嬉しそうに微笑う。そして、くしゃくしゃな笑顔のまま、コツンと額をくっつけた。

「そういうのは、わがままっていわないんだよ」

 あたしだって、そう思ってるんだから。

「好きだよ」

 囁きと同時に再び降ってくるキスに、多香子は静かに瞳を閉じた。

 

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