そばにいるきみのために
14
「寒くない?」
ベッドに潜り込みながら、寛子は問う。その言葉に、多香子は静かに首を横に振った。
「なら、いいけどさ」
寝るでもなく、寛子はヘッドレストに背中を預けながら答えた。
————どうしちゃったんだろ、あたし。
先程から、胸を占める想いに、寛子は戸惑っている。
ざわざわと胸が落ち着かない。こうして側にいるだけなのに、妙に緊張してしまっている。これは、………以前経験した想いだ。
————ヤバイ………ヤバイよ。
寛子は心で頭を抱えた。しかし、それを知ってか知らずか、脇に置かれた手に、多香子は何気なく顔をすり寄せる。
「ちょ………ちょっと!」
普段だったら余り見受けられない甘えた態度に、露骨に寛子は反応する。思わず、手をふりほどいてしまった。その態度に、多香子はかちんとくる。
「いいじゃない!」
「よくない!」
即答する寛子に、
「————良くないって………あのねぇ」
多香子も起き上がり、シーツを掴みながら、寛子を見上げた。その視線に、寛子は微妙に視線を逸らす。
「………寛子?」
「………………」
「寛子ってば!」
「………………」
埒があかないと思い、多香子は寛子の頬を両手で挟み自分の方を向かせる。しかし、目があった瞬間、寛子の顔を耳まで真っ赤になった。
「????」
あたし、何か、した?
その表情に、多香子は不思議がるばかりである。その隙に、寛子はその手をふりほどいた。
「あ〜〜〜〜、やっぱ、あたし、あっちで寝るわ」
そう告げて、ベッドから出て行こうとする。多香子は慌ててその背に抱き付いた。
「どうして?」
「う〜〜〜ん」
困った声で寛子は呻いた。その背に抱き付きながら、多香子は囁く。
「あたし………何か、気に障るようなこと、した?」
「ううん………そんなこと、ない」
即答する寛子に、多香子は困惑した声で続けた。
「だったら!」
「いや………それがちょっと事情がありまして………」
寛子にしては、珍しくとぼけた事を言う。
「それって………」
「うん?」
「————あたしと、一緒にいるの、イヤになっちゃった?」
寂しそうな声。表情を見なくても、判る。
寛子は前髪をがしがしとかきあげた。そして、深々と息をつく。
————言わなきゃダメなんだろな。けど………言ったら絶対に引かれてしまう。
先程から身の内に起こる欲望に、寛子自身が一番戸惑っていた。
寛子は悩んだ。しかし、背中に抱き付いている存在が、言わないことを許さない、圧倒的な力を持っている事を、寛子は身を持って知っていた。
「寛子………?」
「言うよ………言うから、怒らないで聴いて」
「………………」
多香子は、そっと背中から離れた。それが離れてゆく事に、寛子は少し寂しさを覚える。
多香子に向き直ると、じっと瞳を見つめた。その強い強い視線に、多香子はドキリとする。
涼しげで、きりりとした瞳。寛子の心の強さを一番表しているのは、この瞳だと、見つめられる度に思う。
寛子は寛子で、ともすれば何もかも見透かされそうな輝きを持った多香子の瞳に、はやる鼓動を抑えきれずにいた。
惹かれる様に顔を寄せ、吐息がかかるくらい近づいて、唇まであと一歩というところで、
「だ〜〜〜〜〜!」
いきなり叫びだし、離れてしまった寛子を、多香子は正直、おかしくなってしまったのかと、本気で悩んだ。
「ど………どしたの?」
「………………」
寛子は無言でベッドから降りると、自分のベッドへと歩き出す。
「寛子!!」
その声を背中で受け止めながら、それでも寛子は部屋を区切るアコーディオンカーテンを勢いよく閉めた。
ピシャリ!
そして、そのままずるずるとしゃがみ込む。自分でも、思わず頭を抱えた。
————こんなんじゃダメだ。絶対に多香子は誤解する。
ドガッ!!
何かが背中————即ちカーテン————に当たる音が届く。きっと、枕か何かをぶん投げたのだろう。
「どうしてよっ!」
「………ごめん」
「謝って欲しいんじゃない!理由を聴きたいの!」
怒らせる理由なんて、たくさんある。そう思えるのが、悲しかった。