23


「ありがとうございました」
 手合わせが終わり、剣を柄に納めるとヒロは一礼する。そのまま、袖で顎を伝い落ちる汗を拭った。
「もう、本調子なんじゃないの?」
 身体の切れも、復活してからのに比べたら格段に違うし。こっちの動きも良く見えてる。
 こちらは、少々息を切らしてはいるが、ヒロほど疲れた様子が見えないレイナである。
 流石にナナでは剣術のレベルが違い過ぎるし、リツは戦うスタイルが違う。だから、手合わせは、一番タイプが近い彼女に頼むことが多かった。
「そう、見えますか?」
「うん、見えるよ」
 と、なると、そろそろかな?
 その言葉に、ヒロの表情はちょっとだけ翳る。それに気付いたレイナは、小首を傾げた。
「どうしたの?」
 随分と、暗い表情しちゃって。
 『永久凍土』という名を持つこの土地。今現在、天候は良いが、辺りは一面雪景色である。その雪で冷やしておいた飲み物のビンを手に取り、一本をヒロに放り投げた。それを事も無くキャッチしながら、ヒロは言葉を返す。
「………時々、思うんです」
 このまま、逃げてしまった方が、楽だろうなって。
 その言葉に、レイナは軽く息を吐き出す。そのまま、雪が積もっていない裏口の階段に腰掛けた。栓を器用に片手で抜くと、そのまま喉を潤す。
「そうだろうね」
 いっそ、このまま逃げて逃げて逃げ切っちゃう?愛する恋人との逃避行。ロマンチックだねぇ。
 殊更軽い口調で告げるレイナに、ヒロはようやく微笑んだ。その隣に腰掛けると、ビンを弄びながら続けた。
「でも、出来ないんですよね」
 判ってるから、ちょっと弱音吐きたくなるんです。
「負けるつもりは、ないんですけれども」
 勝てるって気も、しないんです。
 うまくいって相打ち。運が悪ければ、全てを失うのかもしれない。いや、それよりもなによりも怖いのは。
「あたしだけが生き残って。タカやエリちゃんやヒトエちゃんが……」
「ストーップ」
 言葉にしたら、それ、本当になるかもしれないよ?
 そう言いながら、レイナはヒロの唇を手の平で押さえつけた。いきなりの事に、ヒロは目をまんまるにさせて。
「言葉には、霊が宿っているからね。ただでさえ、あんたは『勇者』なんだから」
 どれだけの力があるのか、自分でもきっと判っていないだろう。
「ま、気持ちは判らないでもないけどさ」
 そっとヒロの口から手を外すと、柔らかく微笑みながらその髪をくしゃりと撫でる。そして、真っ直ぐに目を見つめながら告げた。
「約束するよ。もし、君が力尽きてしまって。敵を倒す術が無くなってしまったら」
 君の大切な仲間達は、私達が助け出すから。安全な所まで、連れて行くよ。
「………どうして?」
 しばしの沈黙の後、ヒロはぽつりと問いかけた。それに、レイナは肩を竦める。
「—————判るよ」
 前勇者と、そっくりだ。君は。自分の事なんて、本当にどうでもいいんだね。
—————その優しさ故の、『永遠の命』というこの呪い。でも、そのおかげで、この子達に出逢えた。
 慈しむような視線で見つめられて、ヒロは思わず視線を逸らす。その耳に、微かに届く呟き。
「少し、心配だよ」
 それに、ヒロは不思議そうに小首を傾げた。