「情けないと思うんですけれども………」
頭では確かに理解していない。『どうして?』と疑問符が乱れ飛んでいる。けれども、心は。
「喜んでいる、自分がいるんです」
ヒロは胸を右手で押さえた。こんなにも、鼓動が早くなる。先程、『死』を決意した時なんかより、ずっとずっと。
理由なんて、たった一つだ。他人から見れば滑稽な程、自分は、彼女を。
「………戻ります」
自分を呼ぶ声は止まない。それどころか更に強く響いてくる。—————これに逆らえる程、強い自分ではないのだ。
「あなたが、選んだのならば」
きっと誰も阻止する事なんて出来ないわ。
そう告げる相手は、どこか安堵した笑みを浮かべていた。
「………また、逢えるでしょうか?」
「さぁ、ね」
先の事は誰も判らないわ。今回のあなたのことの様に。
はぐらかすように告げる彼女の方が、全てを知っているのかもしれない。そう、ヒロは思った。しかし、直ぐに頭を振る。
「じゃあ、また」
わざとその言葉を選ぶ。それを知って、少女は薄く微笑んだ。その笑みを確認してから、ヒロはゆっくりと岸に背を向け、反対側へと歩み出す。
「そうそう」
その背に、少女は声をかけた。ヒロは足を止め、身体を捻る。
「戻ったら、『彼女』にちゃんと謝るのよ」
「?」
誰の事を言っているのか判らなくて、ヒロは首を傾げた。その反応に、少女は柔らかく微笑う。
「ああ見えても、私の仲間の中で、精神的に一番弱いんだから」
その言葉と、彼女の柔らかい微笑みを見て、ヒロは『彼女』が誰だかを察する。
『あなたは、全てが終わるのをここで待っていて下さい』
残酷な言葉を吐いた。訝しげな表情が、最後に見た表情。
「—————ははは」
全ての線が繋がった気がして、ヒロは思わず額に手を当て笑い出す。そんな勇者に、前勇者は告げる。
「もう二度と、傷付けるようなことを、しないで」
これ以上、彼女が悲しむ姿を見たくは無いのだ。
「判りました」
ヒロは、きっぱりと告げる。
「約束します」
そう宣言すると、今度こそ踵を返しその場所を去った。—————その背には、もう、迷いは見えない。
ざぶり、と足を川の水から引き出す。しかし、こちら側の岸も靄が掛かっていて、何が何やら判らない状態だった。
『ヒロ………ヒロ』
それでも声が聞こえてくる。それに導かれる様に、ヒロは数歩踏み出した。
と、その瞬間、大きな手で引き上げられる感覚に陥る。
「………っと、何これーー!」
ぐいぐいと凄い勢いで引き上げられる。だけど、その手の感触は。
思わず、ヒロは口元を綻ばせた。—————この手は、エリの手だ。
だから、きっと、間違いなく引き上げてくれる。そう信じられる。
ヒロは力を抜き、その手に導かれて行った。
ぴくり、と指先が動いた。ゆっくりと目を開くと、そこには………。
「タ………カ………」
掠れた声しか出ない。力も思うように入らない。だけども、戻って来れた。
「ヒロ………!」
「ヒロちゃん!」
「………ヒロちゃん!」
その場に居た3人は、口々にその名を呼ぶ。ヒロは力なく3人の顔に視線を巡らすと、大きく息を吐き出した。
「—————疲れた」
凄く、眠い。
「うん………」
「まだ、魂が定着するまで時間かかるはずだからさ」
ゆっくり眠って?
エリの心地よい声に、ヒロは微かに頷く。だけども、タカの手をきゅっと握り緊めると、再度、目を開いた。
その目に映るのは、誰よりも愛しい相手。そして、大切な仲間達。みんなに伝えたい言葉が、ある。
「ヒロ?」
「………ただい、ま」
辛うじてその言葉だけ紡ぐと、今度こそヒロは眠りの淵に落ちていったのだった。