不意に気配を感じたミナは、俯いていた顔を上げた。その表情には『驚き』という感情が浮かんでいて。
「ミナ?」
一体、どうしたの?
傍に居たナナが声をかける。それには答えず、ミナはふらりと立ち上がった。
「まさか………ううん、でも、これは………」
親指を唇に当てながら、ぶつぶつ呟く同僚にナナとレイナはこっそりと視線を合わせた。
「—————おーい、ミナー」
大丈夫かー?
一番、こういうことには物怖じをしないリツがミナの顔の前でひらひらと手を振る。しかし、それすら気付かない様子でミナは視線をドアに向けた。
「いけない!」
私が気付いたってことは、彼女も。あの時の様子を見る限り、彼女の中の『怒り』は消えてないはずだ。
リツを突き飛ばし、ミナは部屋を飛び出した。いきなりの事だったけれども、転ばずに済んだのはリツの反射神経の賜物であった。
「………なんだぁ?」
あんなミナ、見たことないよ。
がしがしと頭を掻くリツの脇を、二つの風が通り過ぎてゆく。—————もちろん、ナナにレイナである。
「ちょ………ちょっと待ってよー」
置いてかないでー、と情けない声を上げながら、リツも後を追って部屋を飛び出したのだった。
「………何しに来た」
ヒロが寝ている部屋の入り口、唸り声を上げて威嚇している犬がいた。対峙するのは、もちろんタカである。その目は、ただただ静かな水面を思わせるようだった。
「ヒロを取り戻しに来たの」
「お前が殺したくせに!」
何を今更言ってる?
「エリ!」
「ヒトエちゃんは黙ってて!」
今にも拳を振り上げそうな勢いのエリの手にしがみつきながら、ヒトエはその名を呼んだ。しかし、頭に血が上っているエリは制止の言葉も耳に入らない。
「お前さえいなければ!ヒロちゃんは死なずに済んだんだ!」
殺してやる殺してやる。
身体から発せられるオーラがそう語っていた。ただでさえ魔力があるエリのこと。本気になったら、自分に傷つけることぐらい簡単だろう。
『どうする?』
「………あたしの好きなようにさせて」
『みすみす傷付くのか?欺瞞だな』
「そうしないと、エリちゃんの気が済まないだろうから」
何を言っても無駄だと判ってるのだろう。相手はそれ以上口を挟まなかった。
ただじっと自分を真っ直ぐに見つめて来る視線に、エリは苛立たしげに唸った。腕にしがみついているヒトエを振り払い、タカに向かってダッシュしようと足に力を入れた。しかし、それは叶わない。いつのまにやら、両隣に気配を悟らせず人が立っていたから。
「なっ………放せ!」
「だーめ」
「こんなトコで、傷害沙汰は止めた方がいいと思うよ?」
右手はリツ、左手はレイナにがっしりと押さえ込まれたエリは、じたばたと暴れる。その背後に回ったのは、ナナであった。
「ごめんよ」
でも、こうしないと冷静に話できないみたいだからさ。
振り返ろうとするエリの額を正面から鷲掴みをしてのは、ミナ。暗くなった視界の中で響くのはその声のみ。
「眠れ」
くたくたの縫いぐるみの様になったエリを、力自慢の二人が支えるのであった。