「………好きに、すればいい」
何もなくなった世界に少女はがくりと膝をつく。俯いたまま、ぼそりと告げた。
知っていた、気付いていたのだ。『あの時』からずっと胸にぽっかりと空いた穴。それが何のせいかなんていうことを。
「お前が強く願えば………私は消えるはずだ」
その言葉に、タカは小さく首を横に振った。そのまま、同じ高さに目線を合わせる。
「………そんなこと、しない」
その言葉に、少女は皮肉な笑みを浮かべる。『甘いな………』と口の中で呟いた。
先程から無防備な状態のままで、目の前にいる相手。手に力を込め、その薄い身体を貫けば一瞬にして命は尽きるはずだ。その力ぐらい、今の自分にはあるのに。
そう思っても、身体が動かない。見えない糸に縛り付けられた様な感じ。
少女の耳に、タカの低い声が届く。
「出来るわけ、ないの」
だって、あなただってそう出来たはずだったでしょう?
決定的な言葉に、少女は観念したように目を閉じた。
そうなのだ。彼女を消さなかったのは、自分の意思でだ。この胸の奥に彼女が眠っているだけだと気付いていたのは、自分だけだったから。親である魔王すら気付かない程の微かな気配。
「—————ありがとう」
少女の頬を、タカは柔らかく撫でた。それに少女はふて腐れた様に俯く。
「礼を言われる筋合いは、ない」
ゆっくりと目を開き、強がる様に言葉を発した。それに、ふんわりと微笑みながらタカは続ける。
「でも、ね」
あなたが消えるわけでも、私が消える訳でもないの。
「………どういうことだ?」
怪訝な表情で見返す少女に、タカは悟った様に言った。
「だって、もともとあなたと私は一つのモノだったんだもの」
ただ、戻るだけなの。
そう告げると、少女の手を自分の胸元に導く。とくん、とくんと鼓動が手のひらに伝わる。
「—————あたしは、ヒロを取り戻したい」
それには、あたしだけじゃない。あなたの力も必要。
「協力してくれる?」
しばし、ためらってから少女は口を開いた。
「あの人に見つかったら………ただじゃすまないぞ」
力を奪われて幽閉されるか………息の根を止められる可能性だってあるのだ。血縁なんて、関係ない。自分の意に従わない者は、全て排除してここまで進んできたのだ。
しかし、タカは微笑んだ。そんな事は関係ない、とばかりに。強くて綺麗な笑みを。
「ヒロが戻って来てくれるんだったら、あたしは怖いものなんて何もないの」
彼女の名前を呼ぶ時、胸がさざめく。一面の草原を風が吹いていく、そんな感じ。—————きっと、目の前の少女もそれを感じている。
だって、彼女は自分なのだから。
そのまま、互いに目を閉じた。繋ぎあった指先から、細胞が解けて行く感覚が全身を支配していく。