「—————浮かぬ表情をしてるな」
 その声に、タカはハッと我に返る。そんな娘に、魔王は口許だけで笑みを浮かべて。指先で綺麗な黒髪を梳きながら続けた。
「勇者が簡単にいなくなってしまったから、つまらないのか?」
「………そんなんじゃ」
 ぽそりと呟くタカに、魔王はくつくつと微笑う。
「大丈夫だ」
 我とお前が生きている限り、『勇者』は再び現れる。
「………?」
 訝しげに眉をひそめる娘に、魔王は続けた。
「我と勇者はいわば、支えあう関係。—————我がいる限り勇者は生まれ、勇者がいる限り、我は生まれる」
 だから、また、我らを倒しに『勇者』は現れるはず。—————新しい『勇者』が。
 その言葉に、心は動かされなかった。だから、タカは首を小さく傾げる。
「だから、それまで………時間をもてあますだろうが」
 なんだったら、また、どこかを旅してきても構わないぞ?—————今度は、記憶を失わないままに。
 その言葉に、タカはふるりと首を横に振った。そのまま、ゆっくりと立ち上がる。
「………どうした?」
 眉をちょっとだけ上げて、魔王は問いかける。それに振り返りながら、タカは答えた。
「部屋に、戻らせてもらいます」
 真っ直ぐに目を見つめながら言葉を紡ぐ娘に、魔王は瞳を細める。
「構わん」
 お前の好きなようにしろ。ただし………。
「………?」
「この屋敷から出ることは、まかりならん」
 どこか冷たい視線を向ける魔王に、タカは少しだけ訝しげに思いながら、小さく頷いたのだった。


 あの感触が、忘れられない。
 ベッドに腰掛けたタカは、両手をじっと見つめながら思う。
 勇者をこの手で貫いた感覚が。
 自分と対立する位置にいる『彼女』。なのに、どうして………。
『ごめんね………』
 心の中で、声が響く。—————切ないぐらい、優しい響き。
『大好き、だったよ』
 どうして………どうして、こんなに。
 タカは首を横に振り続ける。つきりと痛む頭を抱えた。
「………もう………止め、て」
 想い出しては、ならない。
 心が叫んでいる。だけども、溢れ出して来る、この気持ち。心臓をぎゅっと掴まれて、揺さぶられるような痛み。
 ダメだダメだダメだ、ダメだ………。
 両腕で自分の肩を抱きしめる。それから、倒れ込む様に、ベッドに突っ伏した。
 血に塗れた自分の両手。—————彼女の血で。自分を倒しに来た『勇者』の血で。
「………ヤ、だ」
 イヤだイヤだイヤだ。思い出すのが、怖い。
 苦しげに表情を歪め、タカはぎゅっと目を閉じる。そのまま、崩れるように意識を失っていった。