「………どうやら、賢者がやる気になったみたいだね」
 くつくつと笑いながら、リツが呟く。それに、ナナは肩を竦めた。
「なんだか嬉しそうだね、りっちゃん」
 椅子に前後逆に跨りながら、レイナは問いかける。それに、リツは『そう?』と片眉を上げて、グラスに入ったアルコールを飲み干す。
「りっちゃんは、ああゆう、骨のある子、好きなんだもんね?」
 どんなに踏まれても踏まれても立ち上がってくる不屈の根性の持ち主。
 ミナの言葉に、リツは『心外だなぁ』と呟く。だけども、それは全然説得力がないと判っていた。
「いいじゃん、あのきりっと引き締まった空気。普段とは比べ物にならないぐらい」
 後3年も経てば、いい女になるよ、あの賢者。そういうときの彼女と、ちょっと手合わせを願ってみたいなぁ、なんて思ったりして。
「ばーか」
 リツの言葉に、ナナは冷たく反応すると、静かに立ち上がった。それを見咎めて、レイナが問う。
「何処に行くの?」
「ちょっと外の空気吸いに行って来る」
 さらりと答えると、ナナは部屋を出て行った。その背を追いながら、ミナは軽く微笑う。
「………ミナ?」
 何がおかしいの?
 レイナの問いかけに、笑みを浮かべたまま、答えた。
「ホントはね、ナナは嬉しいのよ」
 賢者が、やる気を出したってことは、もう一人も、きっとそう思うだろうから。—————勇者を取り戻そうと。
「あたし達には、出来なかったことじゃない?」
 その言葉に、リツとレイナは黙り込む。しかし、ミナは軽く続けた。
「でも、あの子達は、やろうとしてる。羨ましいって思いながら、それでも嬉しいのよ」
 でも、素直になれないの。あの性格だから。
「………そーゆートコ、可愛いよねぇ」
 うっとりとした口調で呟くリツに、何だかむかついたレイナは、その背に一発、手刀をお見舞いしたのだった。
 その後の騒ぎは………言わずもがな、である。


「ヒトエちゃんが、イヤだったら、手伝ってくれなくてもいいよ」
 きっぱりとした口調と、視線でエリは告げた。
 ベッドに腰掛けて、前に立つエリを見上げると、ヒトエは大きく息を吐く。
「—————エリが、そう、決めたんでしょ?」
「うん、もう決めた」
 もう一度、『あの場所』に戻る。そして、タカちゃんを取り返してみせる。そうしなきゃ、きっとヒロちゃんは、きっと納得しないから。
「今は、ヒロちゃんの時は止まってるから、まだ、間に合う」
 でも、持って、あと1週間。—————それを過ぎたら、きっと、もう彼女の魂は戻る器を亡くしてしまう。
「今度は、あたし達が、死ぬかもしれないって判ってても?」
 ヒトエのストレートな言葉に、エリは一瞬俯いた。だけども、直ぐに顔を上げると、
「それでも、構わない」
 あたしは、別にいいんだ。
 伸びた前髪をうざったそうにかきあげながら、エリは答える。だけども、直ぐにニッと笑った。—————不敵で無敵な笑顔で。
「それに、あたし達は、そういう風にならないよ」
「その根拠は?」
「………ん〜〜〜〜、勘?」
 あっさりと告げるエリに、ヒトエはがっくりと肩を落とす。そんなヒトエの手を取り、エリはひざまずいて顔を覗き込んだ。
「あたしは、ヒトエちゃんと幸せになりたいって思ってるし、ヒトエちゃんもそうでしょ?」
「………………」
 余りにもストレートな言葉に、ヒトエはただただ無言で目を逸らした。だけども、それすらエリにはお見通しで。
「ヒロちゃんも、そう思ってるはず。—————それに」
 ヒロちゃんが起きたら、一発ぶん殴ってやるんだ。簡単に諦めるなって。
「—————それは、痛そう」
「良い目覚ましになると思わない?」
 くすくす笑いながら、エリはちょっとだけ上体を伸ばす。そのまま、柔らかく口付けられるのを、ヒトエは拒む事はしなかった。
 本当は、判っている。どれだけ、それが難しいか、を。だけども、ここでうじうじと止まっている訳にはいかないのだ。
 それでも、何かを始めなきゃならない事ぐらい、ちゃんと判っている。
「—————あたしも、手伝う」
 君と一緒ならば、きっと大丈夫な気がするから。
 唇が離れてから、ヒトエはぽつりと呟いた。それに、どこか困ったような笑みを浮かべたまま、エリは小さな細い身体を両腕の中に閉じ込めたのだった。