「………また、ここにいた」
背後からかかる声に、エリはぼんやりとした表情で振り返った。そこには、普段と変わらない表情のヒトエが立っていて。
「まだ、諦めてないの?」
その問いかけに、エリは薄く微笑んだ。それから、視線をベッドの上で横たわる勇者の亡骸に向ける。
「まだ………2日しか経ってない」
知ってる?ヒトエちゃん。1週間以内だったら、蘇生術、通用するかもしれないんだよ?
ぺたりとしゃがみ込んだまま、エリは勇者ヒロの冷たくなった手に頬擦りをする。その身体は『時間停止』の魔法のおかげで、未だ、死んだ直後の状態を保っていた。
「—————なのに、どぉして?」
ヒロちゃんの姿、見えないんだろ?ここに、いないんだろ?—————あたしは、何のために、賢者になったんだろ?大切な人、誰も護れなくって。それで、どうして『賢者』なんて称号を持っているんだろ?
エリは半ば狂ったように、呟き続ける。その視線は、ずっとヒロの横顔に注がれていて。
『ヒトエ………』
寂しげにエリを見つめるヒトエの頭の中に、聞き覚えのある声が届いた。それに、ヒトエは小さく頷く。静かに立ち上がると、その肩に手を置く。
「また、後でね、エリ」
「ねぇ………起きてよ、ヒロちゃん」
お願いだから、目ぇ、覚まして?
ゆさゆさとその身体を揺さぶるエリに、ヒトエは哀しげに声をかけたのだった。
「すっかり腑抜けになっちゃって」
部屋に戻るなり実体化したリナは、ヒトエに軽い口調で告げる。それに、ヒトエはどこか哀しげな笑みを浮かべた。
ベッドにそっと腰掛けると、両手を膝の上で組み、ぽつぽつと続ける。
「前、ヒロちゃん、言ってた」
最後の時。『エリを支えてあげてね』って。『助けてあげてね』って。
「そっか………」
膝まづいて、リナは切なげにヒトエを見上げる。宿主の表情は、今にも泣きだしそうに見えた。
「でも………」
あたし、それ出来てないよね。エリのこと、支えてあげられて、ない。
とうとう堪えきれずに、ぼろぼろとヒトエは泣き出した。そのまま、リナにきゅっと抱きつく。
「—————ヒトエ」
その小さな身体を腕の中、強く抱きしめると、ますますしがみついてくる宿主。
勇者は、判って逝ったのだろうか?
天井を睨みつけながら、リナは思う。
ここまで、仲間を悲しませてでも、生きていたくはなかったのか?そこまで、この世界は護る価値はなかったのか?
問いかけたいけれども、自分にはきっとその権利はない。—————かつての自分も、全てを捨てて、しまったのだから。
しがみついてくるヒトエの身体を受け止めながら、リナはただあやすように背をなでることしか出来なかった。