「あ………あの、えと………えと」
その涙に怯んで力を抜いてしまった絵理子の腕から、仁絵は逃れる。
「あ………仁絵ちゃん」
「--------知らない!!」
着ていた物をかき集めると、仁絵は絵理子に怒鳴った。
「知らない知らない知らない!!」
そう叫んで、部屋から飛び出そうとする仁絵に、何とかドアの所で追いついた。
「放してよっ!」
「………ごめん」
後ろからきゅっと抱きしめ、絵理子は仁絵の耳元で囁く。それに、仁絵はじたじたと暴れた。
「知らない………知らないよっ!」
「ごめん………ごめんなさいっ!」
絵理子も負けずに叫んだ。無理矢理、首をひねるような形でこちらを向かせると、唇を押しつける。
「--------ほんと、ごめん」
ゆっくりと唇を放しながら、絵理子は囁いた。そして、今度は正面からその小さな身体を抱きしめる。
「知らないよぅ」
未だぼろぼろと泣き続ける仁絵を、情けなさそうな瞳で見上げる。
「………なんで………なんで、そんな事、言うのよ?」
好きなのに………大好きなのに。そりゃ、彼女の誘惑に負けた自分が確かに悪い。責められても仕方がない。でも………でも、どうして、『今』それを言うのだ?
「あ゛〜〜〜〜〜」
絵理子は前髪をがしがしとかきあげながら、腰に手を当てた。俯くと、大きく息をつく。
「………人の気持ちも、知らな、いで」
えぐえぐしゃくりあげながら、懸命に仁絵は訴えた。それを言われると、一言もない。
「--------だってさぁ」
不安、なんだよ?いつでも、『あの人』と比べられてるんじゃないのかって。
そう言いながら、不安げな瞳で見つめる。そんな絵理子の頬を、仁絵は一つ引っ張たく。
「--------痛い」
「あたしだって………同じくらい痛かったんだから!」
もう一発叩こうとするその手を止めると、腕ごと仁絵を抱きくるんだ。
「うん………」
「バカ………」
「うん………バカだから、あたし」
それでも、いいの?
腕の中の仁絵の瞳を真っ直ぐに見つめながら、絵理子は小さく問う。
「いいよ………絵理ちゃんは………誰も………誰の代わりにもならないんだからね」
だからもう、比較なんてしないで。いつでも、あなたが一番なのだから。
「同じように答えると、仁絵は踵をそっと上げて、その頬に口付けた。
「仁絵………ちゃん」
ほっぺたよりも、こっちの方がいいんだけど。
唇を人差し指でちょんと指さすと、絵理子は微笑う。すっかりいつもの調子を取り戻したようだ。
「ばーか」
それには、軽口で返しながら、近付く吐息に瞳を閉じた。