Pain

04

 

「ん————」

 先に眠りについていた寛子は、ごそごそと動く感覚にむっくりと起き上がった。視線を隣に向けると、多香子が驚いた表情で硬直状態となって、こちらを見上げている。

 何で、多香ちゃんがいるわけ?

 まだ眠りから覚めてないからか、思考が働かず黙っている寛子に、多香子は早口で告げる。

「あのね・・・・・・ちょっと、眠れなかったから・・・・・・だから、だから、あの、その————」

 そんな多香子の肩に腕を回すと、きゅっと抱き寄せた。腕の中、多香子は瞳を閉じる。

 やっぱりこの場所は気持ちいい。安心できる場所。

「何も言わなくていいよ・・・・・・も、寝よ?」

「————うん」

 こっちの気持ちを察してくれる優しい寛子が好きだ。口に出して言えやしないけど。

 その代わり、多香子は寛子の肩口に甘えるように擦り寄った。

————こうやって時折見せる、知らない表情がたまらなく好き。

 多香子の重みを受け止めながら、寛子は思う。

「あ・・・・・・そういえば」

 昼に絵理子から頼まれたことを、不意に思い出した。

「ん・・・・・・?」

 あまりの気持ち良さに、目を閉じながら多香子は生返事する。寛子はその髪を優しく撫でながら告げる。

「絵理ちゃんがね」

「————うん」

「夏休み、どうするのか教えてくれだって」

 多香子はぱちりと瞳を開いた。そして、身体をそっと離し、寛子を見上げる。

「何で絵理は、直接あたしに訊かないの?」

 見上げる瞳に寛子は困った表情をした。

「————訊くのが、怖いんじゃない?」

「怖い?」

 寛子の言葉を多香子は鸚鵡返しするが、何となく察したらしい。直ぐに俯く。

「寛ちゃんは・・・・・・?」

「え?」

「寛ちゃんは、夏休みどうするつもり?」

 多香子の言葉に、寛子は前髪をかきあげた。そして、応える。

「お父・・・・・・両親とも時間取れなくって、今年の夏は帰ってこないって。だから、今年はこっちに残る」

 で、多香ちゃんはどうするの?

 寛子は視線だけで、多香子に問うた。しかし、多香子は黙り込んでしまう。

「・・・・・・・・・・・・」

「予定ないんだったら、絵理ちゃんと一緒に帰ったら?」

 寛子のセリフに、多香子は複雑な表情で寛子を見つめた。その表情は、触れてはいけない処に触れてしまったように見えた。

「————絵理には『ごめん』って伝えといて」

 しばしの沈黙の後、多香子は小さく囁いた。

「・・・・・・うん。あっ、じゃあ、実家の方に帰るんだ」

 その言葉に、多香子はますます複雑な表情をした。寛子の不安は更に募る。

「あの・・・・・・多香ちゃん?」

 多香子は寛子の肩に、こつんと額をつけた。

「実家には・・・・・・帰りたくない」

「————どうして?」

 寛子の問いを多香子は冷たい瞳で拒絶した。しかし、寛子は何故か食い下がる。

 好きだから理由を知りたい。————そんな子供の考えで。

「・・・・・・————」

「教えてよ」

 黙りこむ多香子に、寛子は尚も問い掛ける。多香子はいきなり寛子から離れると、毛布に滑り込んだ。

「多香ちゃんってば!」

「————うるさい」

 くぐもった声が届く。寛子は『むきー』となりながら、ギャンギャン喚いた。

「多香ちゃん!」

 それでも多香子は顔を出さない。寛子はとうとう切れて、その毛布を剥ぎ取った。

「何よ?」

 真っ直ぐに自分を見つめる瞳。丹精な顔立ちの多香子は、黙っていると凄く冷たい印象を受ける。あまりの視線の冷たさに、寛子は一瞬身を引いた。しかし、両手で身体を支え、じっと多香子を見つめ返す。

 しばしにらみ合い、先に目を逸らしたのは多香子だった。

「なんで、目、逸らすの?」

「別に・・・・・・」

 ぶっきらぼうに多香子は答える。

「教えてくれてもいいじゃない!」

「ヤダ」

 きっぱりはっきり即答する。その態度に、寛子はますますかーっとなる。

「ケチ!」

「ケチで結構です!

「天邪鬼!」

 寛子の言葉に、多香子はムッとする。口より先に、手がでてしまった。

 ばっちーん!

 次の瞬間、寛子の頬が鳴った。

「・・・・・・ったい」

「勝手に言ってればいいじゃない!」

 多香子はむくりと起き上がり、寛子のベッドから抜け出した。そのまますたすたと自分の部屋へと戻って行く。

「多香ちゃん!」

 次の瞬間、部屋を区切るアコーディオンカーテンが『が〜〜』っと閉まった。

「もう!」

 寛子はカーテンに枕を投げつける。ぼすっと音がして、枕は床に落ちた。

 その音を聞きながら、多香子はベッドに潜り込む。そして、ギュッと瞳を閉じた。

————寛子の言いたいことも判る。だけど、理由を言うわけにはいかない。

 思い出すのが怖い。だけど、あれを知られるのはもっと怖い。

 両手で肩を抱きしめる。そうしないと、震えが止まらなかった。

「————バカ」

 こんな時にこそ、寛子の側で眠りたいのに。あの優しい腕が必要なのに。

 クーラーが効き過ぎてる部屋と同様に、2人の心はどうにも寒かった。

 

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