Pain
03
「う————ん」
教室を出るなり大きく伸びをした寛子は、不意に背後から声をかけられる。
「何してるの?寛ちゃん」
その状態のまま、くるりと振り返った寛子に、自分より年上だが背は小さい幼馴染みが微笑んでいた。
「仁絵ちゃん」
長い髪をひとつに結び、教科書とバインダーを小脇に抱えている。そんな幼馴染みにぱたぱた駆け寄ると、
「どしたの?中等部にくるのって珍しいんじゃない?」
「うん、ちょっと話あってさ。どう?お昼一緒にしない?」
「いいけど。でも、絵理ちゃん誘うんだったら・・・・・・」
「判ってます。『多香ちゃんも一緒に』でしょ?」
心を見透かしたのか、仁絵派くすくす微笑う。その態度にむーと膨れながらも、仁絵と肩を並べて絵理子の教室へと向かった。「
「ねぇ、仁絵ちゃん」
「なに?」
「————絵理ちゃんって、モテるんだね」
寛子の言葉に、仁絵は納得したように頷く。そして、困ったように肩を竦めた。
「聴いたんだ・・・・・・それとも『断ってくれって』って頼まれたの?」
「頼まれた」
簡潔な寛子の答えに、仁絵は
「で、どうしたの?」
「————断ったよ、もちろん。ね、仁絵ちゃん。どうしてそんな役、いっつも引き受けてたの?」
寛子の言葉に、仁絵は片眉をひょいと上げた。そして、曖昧に微笑う。
「どうしてだろうね」
はっきりしない答えに口を開きかけた寛子の言葉は、不意の言葉に途切れる。
「仁絵ちゃん!寛ちゃん!どしたの、珍しい?」
振り返ると、探していた絵理子がニコニコと笑っている。
「ああ、絵理ちゃん。丁度良かった探してたの」
「な〜に?」
先程の寛子のように、しっぽがあったらパタパタ振っているだろう。絵理子は2人に近寄ると、小首を傾げた。
「お昼一緒に食べない?」
「いいよ」
絵理子は即答する。2人の会話を聴きながら、寛子はきょろきょろと辺りを見回していた。そんな寛子を見て、絵理子は不思議そうに問うた。
「どしたの?」
「う〜〜んと、多香ちゃんは?」
小声で問う寛子に、絵理子はあっさり答えた。
「多香ちゃんなら委員会。ほら、食堂いこーよ」
1人ショックを受けている寛子を見て、仁絵はついに吹き出した。対照的な反応をする二人を、訳がわからないという表情で絵理子は見ている。
「だーかーらー。そんなに怒んなくたっていいじゃない?」
仁絵の言葉にも、寛子は黙々と箸を動かしているだけである。そんな反応をする幼馴染みに、絵理子は未だに不思議そうな表情をしている。
「もー、寛ちゃんってば〜〜」
「————ところで、何か用あったんでしょ?仁絵ちゃん」
絵理子の言葉に、仁絵は我に帰る。
「あ、うん。ね、2人とも今年の夏休みはどうするの?」
「・・・・・・どうするのって?」
仁絵の言葉に、絵理子と寛子は顔を見合わせると、同時に口を開いた。この反応に、仁絵のほうが驚く。
「だって、2人とも、もうあたしのご近所じゃないでしょ?だから、予定をきいておこうって思って」
「あ・・・・・・」
「そっか・・・・・・」
絵理子と寛子は今更のように気付く。
寛子の両親は海外で暮らしており、今まで住んでいた家には誰もいない。だから、今年の夏は帰らない予定だった。
絵理子の両親も地方へと単身赴任で、絵理子の帰る場所はもう、あの場所ではないのだ。
「————そっか、そうだよね・・・・・・。もう、休みだからって仁絵ちゃんと遊べるわけじゃないんだ・・・・・・」
寂しげに呟く絵理子の頭を、仁絵はよしよしと撫でる。
「そんな事ないよ。あたしの家に遊びに来ればいいじゃない。その方がいいでしょ?」
「えっ、いいの?」
『もちろん』というように仁絵は軽くウインクした。絵理子は満面の笑みを浮かべると、ふと思いついたように寛子に話を振る。
「ね、寛ちゃん」
「ん?何?」
ほとんど昼食を食べ終えた寛子は、お茶を啜りながら絵理子を見た。空腹が満たされて、不機嫌はかなり直ったらしい。
「あのさ・・・・・・多香ちゃんのことなんだけど」
「え・・・・・・あ、なに?」
どうもダメだ。『多香子』という言葉に過剰に反応する自分がいる。
寛子は照れ隠しに前髪をかきあげた。
「多香ちゃん、家に来る気、ないかな?」
「え・・・・・・?」
多香子と絵理子の両親は、2人が押さないときに離婚したらしい。絵理子の言葉から察するに、それ以来、絵理子は母親に多香子は父親に会っていないのだろう。
「————もし、もしね?多香ちゃんが『いいよ』って言ってくれたらだけど。でも、あたしの口からは何となく訊けなくて・・・・・・ね。寛ちゃん」
「あたしが?」
そんな出すぎた真似、出来るわけない。
そう言って断ろうとした。・・・・・・したのだが、絵理子の『必殺の上目遣い』を使われ、寛子は思わず言葉に詰まる。
「ね、お願い」
そんな2人を仁絵は頬杖をつきながら、にやにやしながら見守っている。
「う゛————」
「寛ちゃ〜〜〜〜ん」
負けた。
寛子はがくりと肩を落とすと、右手をひらひらとさせた。絵理子は『よっしゃ!』とばかりに小さくガッツポーズを作る。
「でも、断られても落ち込まないでよ」
「は〜〜い」
明るく答えると、仁絵と顔を見合わせ、絵理子は微笑った。