Only one



 映画も終わり、立ち上がった寛子と多香子を見失わないように、絵理子も立ち上がった。その手を慌てて、仁絵は引く。
「ちょ………仁絵ちゃん」
「まだ、後、尾ける気?」
「え………うん」
 だって、おもしろいじゃん。
 くるくると回る瞳に、仁絵はため息をついた。
————こいつは、好奇心が旺盛すぎるのが、悪いとこなんだよなぁ。
 そんな仁絵に、絵理子はひょい、と顔を覗き込んでくる。
「どしたの?」
 ほら、早く行かないと、2人、見失っちゃう。
 散歩前に引き綱を見せられたわんこのように『じたじた』してる。
 仁絵はじぃっと絵理子を見つめると、盛大なため息をついたのだった。


「うぁ〜〜〜、何か雪降りそうだね」
 映画館の外に出て、予想通りの寒さに多香子は首を竦めた。それに、寛子もマフラーを巻きながら頷く。
「いいじゃん、寛子、雪好きだなぁ」
「————そうなんだ」
 こんな話、したことないよね?
 そう呟きながら、多香子は『へへっ』と微笑う。その笑顔が、嬉しくて寛子も同じように微笑う。ふと、表情を変えて、
「あ」
 と呟く。そして、多香子のマフラーの結びに手を伸ばした。
「ん?」
「ちょっと歪んでる」
 流れるように動く指に、多香子はくすぐったそうに微笑う。
「はい、直った」
 満足そうに頷く寛子に、多香子は告げた。
「あたし、ぶきっちょなんだよね、何気に」
 だから、こういうの、実は苦手なんだ。
 その言葉を聞いて、寛子はふわりと微笑い、耳元に唇を近付けると、何事かを囁いた。それには、『うん』と頷くと、多香子は嬉しそうに、微笑った。


「………なんだか、熱々だよねぇ」
 自然に手を繋いで歩き出す2人の後を追いながら、絵理子がぼそっと呟く。それには隣を歩いていた仁絵は、何とも言えない笑みで応えた。
「………結構さ、人って尾行されてるって思わない限り、振り向かないもんなんだ」
 ちょっと違った箇所に、感心している絵理子に、仁絵は思わず突っ込む。
「絵理ちゃん、君、出かけるときに、いちいち振り向きながら歩く?」
「………………歩かないねぇ」
 『ふむ』と頷きながら、至極当然のように絵理子は応えた。それに、『でしょ?』と視線で促す。
「あ、あそこの店に入った。あたし達も………ぐぇ!」
 歩みを早めた絵理子のマフラーを、とうとう仁絵は引っ張る。マフラーが首に食い込んで、絵理子は思わず蛙がつぶれたような声を漏らした。
「ちょ………ちょっと、仁絵ちゃん!」
 一体、何するのよっ!苦しいじゃんかよっ!
 涙目で訴える絵理子に、仁絵は小さく告げる。
「もう………いいじゃん」
「へ?」
「————もう、止めようよ」
「え〜〜〜〜」
 思いっきり不満げな声をあげた絵理子を、仁絵は正面から見上げた。そして、おもむろにコートの襟元を引っ張ると、耳元で小さく早口で囁く。
「あたし達だって、初めてのデートなんだよ?」
————え?
 一瞬、『きょん』とした表情がすぐに明るく変わる。
「そっか………」
「そうだよ」
 照れて拗ねたように、ぷいっとそっぽを向いている愛しの相手に、絵理子はきゅっと抱き付く。
「なに、離れてよっ」
「————じゃ………これから、デート、しよ?」
 耳元でそっと囁くと、ぱっと離れる。くるりとこちらを向かせると、耳まで真っ赤になっている仁絵がいて。
「————仁絵ちゃん、むっちゃ、可愛い」
「ええい、うるさい!!」
 だすだすと足音を立てて、反対方向へと歩き出す仁絵の後を、
「ああ、ちょっと待ってよ〜〜〜〜、仁絵ちゃ〜〜〜ん」
 慌てて追いかけるわんこが一匹、いたのだった。
————そうそう、デートはこれから。

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