MOVIN’ ON

 

「あれ・・・・・・タカちゃん?」

 ヒロが去った後、窓から星を見ていたヒトエはふと視線を下に向けると、ぽつりと呟いた。

 その声が届いたのか、タカはこちらに視線を向ける。そして、ニコリと笑った。ここで世話になっていたタカは、ヒトエとも勿論顔見知りだった。

「待ってて、今、行くから」

 窓からひょいと身を乗り出すと、躊躇いもせずにそこから飛び降りた。猫のようにしなやかに身軽に着地すると、タカの元へと駆け寄る。

「どうしたの?遊びにきたの?」

 タカは首を横に振ると、紙に言葉を紡ぐ。

『ここに泊まっているの』

「え・・・・・でも」

 ここに泊まっているのは、ヒロとその連れだけだ。と、言う事は・・・・・・・・・・・。

「ヒロちゃんと一緒に来た人って、タカちゃんだったの?」

『ヒロちゃんに逢ったの?』

 タカの問いかけにヒトエは頷いた。そして、心底驚いたように続ける。

「そっかーーー、そうなんだーーー」

『—————ヒトエちゃんも、一緒だよね?』

 不意に問われる。綺麗な、何もかも見透かすような透明な視線で、ヒトエをじっと見つめられた。

「変わってるよね、ヒロちゃんって」

 頷きながら、ヒトエは続けた。その言葉に、タカはくすりと微笑う。

『でも、凄く、綺麗な人』

「・・・・・綺麗?」

 どちらかと言えば『凛々しい』と言ったほうが合ってると思うのだが。

『心が』

 タカの言葉に、ヒトエは納得したように頷いた。う〜〜〜んと伸びをすると、

「まっ、これから一緒なんだし—————よろしくね」

 右手をタカに差し出す。その小さな手を、タカはしっかりと握り締めた。

 

 

 

「エリちゃん、ちょっといい?」

 エリの部屋をノックすると、ヒロは声をかける。

「あ・・・・・うん、どうぞ」

 くぐもった返事が聞こえる。それを確認すると、ヒロはドアを静かに開いた。

 部屋のベッドにちょこんと腰掛けたエリは、ヒロの来訪に慌てて目をこする。きっと、泣いていたのあろう。目が少し赤い。

「どしたの?ヒロちゃん」

 そう言いながらも、ヒロの来た意味が判っているのだろう。居住まいを正し、ヒロを見上げた。

「えーとね」

 逸らさない視線が、潔いほどの意思を秘めている。何を言われても、きっとエリの想いはゆらぎもしないのだろう。

「うん・・・・・・」

「————ヒトエちゃんに逢った」

「うん・・・・・」

「職業もきいた」

「————うん」

 ヒロはそこで言葉を切り、はぁと息をついた。エリは身動ぎもせず、ヒロを見つめる。

「・・・・・『一緒に来てくれ』ってお願いした」

「——————え?」

 ヒロの言葉にエリは、目を見開いた。そして、まじまじとヒロを見つめる。ヒロはそんなエリに微笑みかけ、

「一緒に来てくれるって」

 その瞬間、エリの緊張しまくっていた身体から力が抜ける。そして、安堵の溜息を漏らした。

「————良かったーーーーー」

「それはあたしのセリフだよ」

 ヒロは苦笑しながら答える。エリは同じように苦笑しながら、前髪をかきあげた。

「そうだね・・・・・でも、本当にいいの?」

「いいの!」

 エリの問いにヒロは即答した。そのことをエリは嬉しく思う。

「ねえ、エリちゃん」

「ん?」

「もし良かったら・・・・・・どうして、そんなにヒトエちゃんにこだわるのか、教えてくれる?」

 ヒロの問いに、エリは一瞬迷うように俯いた。しかし、直ぐに顔をあげると、ヒロを真っ直ぐに見ながら、静かに告げた。

「あたしね・・・・・・戦災孤児なの」

「ああ・・・・・・」

 酒場の主人の言葉がヒロの脳裏をよぎる。たとえ、本当の両親でなくてもその愛情に包まれて育ってきた自分には、決して判らない世界。

「住んでた町が魔物に襲われてね。気付いたら、周りは焼け跡と死体だらけだった・・・・」

 エリはそれを思い出すように、瞳を閉じる。だが、振り切るようにひとつ頭を振ると、言葉を続けた。

「でもね、その場所から動けなくて・・・・・・。びーび—泣いてたそんなあたし、抱き上げてくれたのが、ヒトエちゃんだったの」

 今でも鮮明に覚えている。あの腕の温もりを。それを今でも追いかけている。

「————そっか」

「ヒトエちゃんが、今の仕事してるのって、半分以上はあたしのせいなの。子供が一人で生きてくのだって大変なのに、ただでさえ足手まといの子供を連れて生きるのって、・・・・・・大変だったと思う」

「・・・・・・・」

「だけど、だけどね!ヒトエちゃん、絶対人を傷付けたりしたことないし、必要以外のもの盗んだことだってないんだから!—————それだけは判って、ヒロちゃん」

 懸命に訴えるエリを、ヒロはまぁまぁと宥める。

「大丈夫、そんな風に思ってなんかいないから」

 ヒロの答えに、エリは小さく息をついた。

「・・・・・・・でも、本当に大事なんだね、ヒトエちゃんが」

 ヒロの言葉に、エリは躊躇わず頷いた。そして、逆にヒロに問い返す。

「ヒロちゃんこそ、よくタカちゃん連れてく気なったね?」

 エリの素朴な質問に、ヒロは何気に視線を逸らした。

————自分でも掴みきれてないこの想いを、どう言えばいいのか判らない。

 黙りこむヒロを不思議に思いながらも、エリはペコリと頭を下げ、

「よろしくお願いします」

 そう告げた。

 

 

 

 夜もとっぷりと更け、既に深夜近い。しかし、ヒロには全く眠りは訪れてこなかった。

「あーあ」

 天井を見上げ、溜息をつく。そんな時、控え目にドアがノックされる。

「—————ん?」

 こんな時間に?

 不思議に思いながらも、ベッドから抜け出しドアを開く。そこにはタカが立っていた。

「どしたの?」

 そう問うヒロを、タカは不思議な瞳の色で見上げた。『入っていい?』と指で問う。

「あ、うん、いいよ」

 身体をずらし、部屋に招き入れる。タカは今までヒロが寝転がっていたベッドにちょこんと腰掛けた。

——————不思議な人だ。

 ヒロはしみじみ思う。こうして、自分の心を掴んで放さない人に初めて逢った。

 こちらを見つめる瞳から、目が逸らせない。操られるように、タカの前に歩み寄り、膝をつく。

「どしたの?」

 すべすべとした柔らかい手を取り、ヒロは小さく問う。広げたヒロの手に、タカは指を滑らせた。

『眠れなくて』

「そっか・・・・・・あたしと同じだね」

 その言葉に、タカはくすりと微笑った。黙ってるときには物凄く綺麗だけど、微笑うとそれに『可愛い』という印象が付け加えられる。

 その笑顔を見ているうち、ふっと言葉がついてでた。自分でも無意識に。

「—————一緒に、ねよっか?」

 その言葉に、タカの瞳が大きく見開かれる。そのリアクションに、ヒロは慌てて訴えた。

「いや、そーゆー意味じゃなくって!ああ・・・・・でも、うーんと、えーと・・・・・・・」

 あ〜、も〜〜〜〜。あたし、一体何を言ってるんだろ〜〜〜〜〜!!!

 言えば言うほど混乱してしまう。

 自分の言葉に戸惑っているヒロの手を、タカはそっと掴んだ。そして、『良いよ』と頷く。

「———————うん」

 タカの返事に安堵しながら、小さくヒロは答えた。

 

「やっぱ、ちょっと、狭いね」

 シングルサイズのベッドに、2人寝るのはきついかもしれない。

 そう思いながらも、互いにそこから動く気配すらないのが判る。

「寒く、ない?」

 こっくり。

 子供のように頷くタカに、不意に触れたい衝動に駆られた。ヒロは起き上がり、タカの顔を覗き込む。

「あのさ」

『・・・・・・・?』

 小首を傾げるタカに、ヒロの胸はどくんと鳴った。息苦しい程の想いに、辛そうな表情になる。

『どうしたの?』

 ヒロの表情を勘違いしたのか、タカはヒロの頬に指を伸ばす。その感触は、泣きたくなる程、気持ちよかった。

———————胸が、痛い。

「なんでも・・・・・ないよ」

 タカは『違う』と首を振った。そして、知らないうちに頬を伝う涙を指で拭う。

「あ・・・・・あれ・・・・・・・?」

 ぽろぽろと零れる涙。今までの周囲の急激な変化に、気持ちがついてゆけず、感情がマヒしていて泣くなんて考えもしなかった。

 初めての旅の疲れと、仲間が見つかった安堵。ふっと気が緩んでしまったのが、自分でも判った。

「な・・・・・なんでだろ?」

 自分の涙に戸惑うヒロの頬に、掌を当て、柔らかい頬を包み込む。その暖かさは、更にヒロの涙を誘った。とうとう我慢しきれなくなったのか、その首筋に顔をうずめ、ヒロはただただ静かに泣き続けた。タカは、泣きじゃくるヒロの背に腕を回し、ぎゅっと抱き寄せる。

————どれくらいそうしていただろう?

「ごめん・・・・・」

 そっと、身体を放すと、ヒロはぽそっと謝った。

『気にしないで』

 タカはゆっくりと首を振った。そして、微笑う。

——————この人にあえて、本当に良かった。

 タカの笑顔を見ながら、ヒロは心から思う。

「もう・・・・・ねよっか?」

 タカはヒロの言葉にこくんと頷くと、隣に横になったヒロの肩口にそっと寄り添った。その感覚がくすぐったい。

「おやすみ・・・・・・」

 こくん。

 頷く気配を感じながら、ヒロはそっと瞳を閉じた。

 

 

 4人の冒険はここから始まったばかりである。これから何が起こり、どんな旅をするのかは—————まだ、誰も知らない。

 

 

                                          END

 

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