MOVIN’ ON
5
「あれ・・・・・・タカちゃん?」
ヒロが去った後、窓から星を見ていたヒトエはふと視線を下に向けると、ぽつりと呟いた。
その声が届いたのか、タカはこちらに視線を向ける。そして、ニコリと笑った。ここで世話になっていたタカは、ヒトエとも勿論顔見知りだった。
「待ってて、今、行くから」
窓からひょいと身を乗り出すと、躊躇いもせずにそこから飛び降りた。猫のようにしなやかに身軽に着地すると、タカの元へと駆け寄る。
「どうしたの?遊びにきたの?」
タカは首を横に振ると、紙に言葉を紡ぐ。
『ここに泊まっているの』
「え・・・・・でも」
ここに泊まっているのは、ヒロとその連れだけだ。と、言う事は・・・・・・・・・・・。
「ヒロちゃんと一緒に来た人って、タカちゃんだったの?」
『ヒロちゃんに逢ったの?』
タカの問いかけにヒトエは頷いた。そして、心底驚いたように続ける。
「そっかーーー、そうなんだーーー」
『—————ヒトエちゃんも、一緒だよね?』
不意に問われる。綺麗な、何もかも見透かすような透明な視線で、ヒトエをじっと見つめられた。
「変わってるよね、ヒロちゃんって」
頷きながら、ヒトエは続けた。その言葉に、タカはくすりと微笑う。
『でも、凄く、綺麗な人』
「・・・・・綺麗?」
どちらかと言えば『凛々しい』と言ったほうが合ってると思うのだが。
『心が』
タカの言葉に、ヒトエは納得したように頷いた。う〜〜〜んと伸びをすると、
「まっ、これから一緒なんだし—————よろしくね」
右手をタカに差し出す。その小さな手を、タカはしっかりと握り締めた。
「エリちゃん、ちょっといい?」
エリの部屋をノックすると、ヒロは声をかける。
「あ・・・・・うん、どうぞ」
くぐもった返事が聞こえる。それを確認すると、ヒロはドアを静かに開いた。
部屋のベッドにちょこんと腰掛けたエリは、ヒロの来訪に慌てて目をこする。きっと、泣いていたのあろう。目が少し赤い。
「どしたの?ヒロちゃん」
そう言いながらも、ヒロの来た意味が判っているのだろう。居住まいを正し、ヒロを見上げた。
「えーとね」
逸らさない視線が、潔いほどの意思を秘めている。何を言われても、きっとエリの想いはゆらぎもしないのだろう。
「うん・・・・・・」
「————ヒトエちゃんに逢った」
「うん・・・・・」
「職業もきいた」
「————うん」
ヒロはそこで言葉を切り、はぁと息をついた。エリは身動ぎもせず、ヒロを見つめる。
「・・・・・『一緒に来てくれ』ってお願いした」
「——————え?」
ヒロの言葉にエリは、目を見開いた。そして、まじまじとヒロを見つめる。ヒロはそんなエリに微笑みかけ、
「一緒に来てくれるって」
その瞬間、エリの緊張しまくっていた身体から力が抜ける。そして、安堵の溜息を漏らした。
「————良かったーーーーー」
「それはあたしのセリフだよ」
ヒロは苦笑しながら答える。エリは同じように苦笑しながら、前髪をかきあげた。
「そうだね・・・・・でも、本当にいいの?」
「いいの!」
エリの問いにヒロは即答した。そのことをエリは嬉しく思う。
「ねえ、エリちゃん」
「ん?」
「もし良かったら・・・・・・どうして、そんなにヒトエちゃんにこだわるのか、教えてくれる?」
ヒロの問いに、エリは一瞬迷うように俯いた。しかし、直ぐに顔をあげると、ヒロを真っ直ぐに見ながら、静かに告げた。
「あたしね・・・・・・戦災孤児なの」
「ああ・・・・・・」
酒場の主人の言葉がヒロの脳裏をよぎる。たとえ、本当の両親でなくてもその愛情に包まれて育ってきた自分には、決して判らない世界。
「住んでた町が魔物に襲われてね。気付いたら、周りは焼け跡と死体だらけだった・・・・」
エリはそれを思い出すように、瞳を閉じる。だが、振り切るようにひとつ頭を振ると、言葉を続けた。
「でもね、その場所から動けなくて・・・・・・。びーび—泣いてたそんなあたし、抱き上げてくれたのが、ヒトエちゃんだったの」
今でも鮮明に覚えている。あの腕の温もりを。それを今でも追いかけている。
「————そっか」
「ヒトエちゃんが、今の仕事してるのって、半分以上はあたしのせいなの。子供が一人で生きてくのだって大変なのに、ただでさえ足手まといの子供を連れて生きるのって、・・・・・・大変だったと思う」
「・・・・・・・」
「だけど、だけどね!ヒトエちゃん、絶対人を傷付けたりしたことないし、必要以外のもの盗んだことだってないんだから!—————それだけは判って、ヒロちゃん」
懸命に訴えるエリを、ヒロはまぁまぁと宥める。
「大丈夫、そんな風に思ってなんかいないから」
ヒロの答えに、エリは小さく息をついた。
「・・・・・・・でも、本当に大事なんだね、ヒトエちゃんが」
ヒロの言葉に、エリは躊躇わず頷いた。そして、逆にヒロに問い返す。
「ヒロちゃんこそ、よくタカちゃん連れてく気なったね?」
エリの素朴な質問に、ヒロは何気に視線を逸らした。
————自分でも掴みきれてないこの想いを、どう言えばいいのか判らない。
黙りこむヒロを不思議に思いながらも、エリはペコリと頭を下げ、
「よろしくお願いします」
そう告げた。
夜もとっぷりと更け、既に深夜近い。しかし、ヒロには全く眠りは訪れてこなかった。
「あーあ」
天井を見上げ、溜息をつく。そんな時、控え目にドアがノックされる。
「—————ん?」
こんな時間に?
不思議に思いながらも、ベッドから抜け出しドアを開く。そこにはタカが立っていた。
「どしたの?」
そう問うヒロを、タカは不思議な瞳の色で見上げた。『入っていい?』と指で問う。
「あ、うん、いいよ」
身体をずらし、部屋に招き入れる。タカは今までヒロが寝転がっていたベッドにちょこんと腰掛けた。
——————不思議な人だ。
ヒロはしみじみ思う。こうして、自分の心を掴んで放さない人に初めて逢った。
こちらを見つめる瞳から、目が逸らせない。操られるように、タカの前に歩み寄り、膝をつく。
「どしたの?」
すべすべとした柔らかい手を取り、ヒロは小さく問う。広げたヒロの手に、タカは指を滑らせた。
『眠れなくて』
「そっか・・・・・・あたしと同じだね」
その言葉に、タカはくすりと微笑った。黙ってるときには物凄く綺麗だけど、微笑うとそれに『可愛い』という印象が付け加えられる。
その笑顔を見ているうち、ふっと言葉がついてでた。自分でも無意識に。
「—————一緒に、ねよっか?」
その言葉に、タカの瞳が大きく見開かれる。そのリアクションに、ヒロは慌てて訴えた。
「いや、そーゆー意味じゃなくって!ああ・・・・・でも、うーんと、えーと・・・・・・・」
あ〜、も〜〜〜〜。あたし、一体何を言ってるんだろ〜〜〜〜〜!!!
言えば言うほど混乱してしまう。
自分の言葉に戸惑っているヒロの手を、タカはそっと掴んだ。そして、『良いよ』と頷く。
「———————うん」
タカの返事に安堵しながら、小さくヒロは答えた。
「やっぱ、ちょっと、狭いね」
シングルサイズのベッドに、2人寝るのはきついかもしれない。
そう思いながらも、互いにそこから動く気配すらないのが判る。
「寒く、ない?」
こっくり。
子供のように頷くタカに、不意に触れたい衝動に駆られた。ヒロは起き上がり、タカの顔を覗き込む。
「あのさ」
『・・・・・・・?』
小首を傾げるタカに、ヒロの胸はどくんと鳴った。息苦しい程の想いに、辛そうな表情になる。
『どうしたの?』
ヒロの表情を勘違いしたのか、タカはヒロの頬に指を伸ばす。その感触は、泣きたくなる程、気持ちよかった。
———————胸が、痛い。
「なんでも・・・・・ないよ」
タカは『違う』と首を振った。そして、知らないうちに頬を伝う涙を指で拭う。
「あ・・・・・あれ・・・・・・・?」
ぽろぽろと零れる涙。今までの周囲の急激な変化に、気持ちがついてゆけず、感情がマヒしていて泣くなんて考えもしなかった。
初めての旅の疲れと、仲間が見つかった安堵。ふっと気が緩んでしまったのが、自分でも判った。
「な・・・・・なんでだろ?」
自分の涙に戸惑うヒロの頬に、掌を当て、柔らかい頬を包み込む。その暖かさは、更にヒロの涙を誘った。とうとう我慢しきれなくなったのか、その首筋に顔をうずめ、ヒロはただただ静かに泣き続けた。タカは、泣きじゃくるヒロの背に腕を回し、ぎゅっと抱き寄せる。
————どれくらいそうしていただろう?
「ごめん・・・・・」
そっと、身体を放すと、ヒロはぽそっと謝った。
『気にしないで』
タカはゆっくりと首を振った。そして、微笑う。
——————この人にあえて、本当に良かった。
タカの笑顔を見ながら、ヒロは心から思う。
「もう・・・・・ねよっか?」
タカはヒロの言葉にこくんと頷くと、隣に横になったヒロの肩口にそっと寄り添った。その感覚がくすぐったい。
「おやすみ・・・・・・」
こくん。
頷く気配を感じながら、ヒロはそっと瞳を閉じた。
4人の冒険はここから始まったばかりである。これから何が起こり、どんな旅をするのかは—————まだ、誰も知らない。
END