MOVIN’ ON
4
—————そして、その夜。
「ただいまっと・・・・・」
窓がカタリと開き、部屋に人影が入り込んできた。癖なのか、真っ暗な部屋に向かい、帰りの挨拶などを告げている。
「おかえり」
「うわぁ!」
返答が返ってくるとは思ってなかったらしい。人影は思わず大声をあげる。それを合図に、ランプに火が灯った。
「エ・・・・エリ、いるんだったら、明かりくらい・・・・・・・」
「点いてたら、ヒトエちゃん帰ってこなかったでしょ?」
それは正解なので,『ヒトエ』と呼ばれた少女は思わず言葉に詰まる。動きやすさを重視しているらしいその服装は,見事に黒でまとめられている。ただ、特徴のある編み込みされたその髪は,派手な色のバンダナで覆われていた。
その出で立ちを頭の先からつま先まで一瞥すると、エリはポツリと告げた。
「何処,行ってたの?」
「————ちょっとね」
今までに何百回も繰り返された、互いに無意味だと思っている会話だが、エリは訊かずにはいられない。そして、相変わらずの応えに,エリは溜息をつく。
「ねぇ、ヒトエちゃん」
「ん〜〜?」
着替えながら、ヒトエは生返事をする。それから微妙に視線を逸らしながら、エリはベッドに腰掛けると、ぽつぽつと告げた。
「今日、また『旅に出ないか』って誘われたんだけど・・・・・」
「—————行けばいいじゃない」
その口調はいつでも冷たくって,それだけでエリは悲しくなる。俯くエリに、ヒトエはつかつかと歩み寄り顔を近づけた。
「エリは,腕も性格もいいんだからさ、誰だって欲しがるよ。いいじゃない、条件がいいところへ行けば。選び放題じゃない」
「あたしはっ・・・・・!」
声を荒げるエリの言葉を、ヒトエは奪う。
「なのに,勝手に条件付けて・・・・あんな条件だったら、誰だって引いちゃうよ」
「だって!」
気持ちばかり先回りして、言葉がついて行かない。そんなエリに背を向けると、ヒトエは殊更明るい口調で告げた。
「あたしに義理立てしなくていいんだからさ。エリももう14歳なんだし、独り立ちしても良い頃じゃない?」
「—————それって本気で言ってる?」
表情を見なくても、怒っているのが判る。振り返ると、その場を明るくさせる雰囲気をもっている普段のエリより、数倍綺麗なエリがいた。
———怒ると綺麗になるのだ、この娘は。
間抜けたことをぼんやりと考えながら、ヒトエは更に挑発するように続ける。
「————『本気』って言ったら、どうするの?」
エリはヒトエを悔しそうに睨むと、何も言わずに部屋を去って行った。
「あっ・・・・・エリちゃん」
廊下をほてほて歩いていたヒロは、暗い表情でどこぞの部屋から出てきたエリに声をかける。しかし、何かを考え込んでいたのか、思いっきり無視されてしまう。
「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぽっつ〜〜〜んと暗い廊下に取り残されてしまったヒロは、ふとエリが出てきた部屋に灯りが灯っているのに気付いた。
—————ここの部屋って、誰かいるんだ。
ふとした好奇心にかられ、部屋を軽くノックした。
「はい?」
聞き覚えのない声が耳に届く。
「あの・・・・・・・」
ひょいとドアを開き、部屋の中を見た。そこには、見知らぬ少女がベッドに腰掛けて、部屋に入って来たヒロを睨んだ。その射るような視線に、思わず身を引いてしまう。
「誰?」
「あ・・・・・・・・あの、旅の者です」
間抜けた応えに、少女はブッと吹き出した。笑うと先程の怖そうな雰囲気が一掃され、かなり可愛らしい感じになる。
「なによ・・・・・・その、答え」
くっくっくっと笑いながら、少女は問う。
「——————ごめんなさい」
素直に謝るヒロに、少女はひょいと肩を竦めた。
「あの・・・・・・ここに住んでいる方ですか?」
「まぁね」
「じゃあ・・・・・・エリちゃんの」
ヒロの言葉に、少女は『ああ』と頷いた。
「あんたが、エリを誘いにきたってわけ?」
「ええ」
「じゃあ・・・・・・条件は聞いたんだ」
少女の言葉に、ヒロは悟る。
「あなたが・・・・・・エリの『条件』なんですか?」
あまりにも真っ直ぐな問いかけに、ヒトエは言葉をはぐらかせなかった。しばしの沈黙の後、国利と頷く。ヒロは、そんな少女を見つめると、はっきりと告げた。
「あたしは、エリちゃんの条件をのみました」
「え?」
「一緒に行きましょう」
ヒロの言葉に、少女はヒロを見上げた。どうしてだか、困惑した表情で首を横に振る。
「どうしてですか?」
「———————どうして、エリがあんなに誘われたのに、『条件』で断られたんだとも思う?」
逆に少女は問い返した。ヒロはしばし考え込むが、
「わかりません」
素直に答えた。そんなヒロに、少女は微苦笑する。
「あたしはね————『シーフ』なの」
「シーフ・・・・・・・」
『シーフ』とはいわゆる『盗賊』である。人のものを盗み、生計を立てている者。いわば闇の職業である。他人の信頼なんてあるわけがない。
「だからね、みんな、あたしのことを知ると断るってわけ」
少女はひょいと肩を竦めた。明るい表情を装っているけど、寂しい雰囲気は隠せそうにない。
「・・・・・・・・・・・・」
しかし、黙りこむヒロに、少女は頭を下げた。
「だけど、お願い」
いきなりの言葉に、ヒロは驚きの面持ちで少女を見つめる。
「あたしはいいから、エリは仲間にしてあげて」
この人はどこか違う。エリを切実に求めているし、エリも本当はこの人と着いて行きたがってる。
飛ぼうとしている鳥の足枷にはなりたくなかった。
「—————・・・・・」
「お願いします」
こちらを見上げる瞳は切実だった。心底、エリのことを思っている瞳。
「どうして・・・・・・・」
「え?」
「どうして、そんなこと、言うんですか?」
「え・・・・・・・・?」
ヒロの言葉に、少女は困惑した表情になる。
「条件を承諾するにしないに関わらず、あなたの言葉を聞いて、すっきりしました」
直感を信じる。今回の旅で、ヒロが決めていることだった。
「どういう事?」
「・・・・・・あたしは、あなたがどんな職業であろうと、あなたを信頼します」
「—————・・・・・・」
エリ以外、そう言ってくれる人間がいるとは思えなかった。だから、少女はヒロの言葉を素直に信じられない。
「・・・・・・冗談」
呟く言葉をあえて無視して、ヒロは問うた。
「名前」
「え?」
「名前、教えて下さい」
「ヒトエ・・・・・・・・・だけど」
ヒロはヒトエに歩み寄ると、ペコリと頭を下げた。
「ヒトエさん、あたしの仲間になってください」
真っ直ぐな言葉、潔い視線、この人は何かが違う。
そう感じたヒトエは、思わず首を縦に振っていた。