MOVIN’ ON

 

—————そして、その夜。

「ただいまっと・・・・・」

 窓がカタリと開き、部屋に人影が入り込んできた。癖なのか、真っ暗な部屋に向かい、帰りの挨拶などを告げている。

「おかえり」

「うわぁ!」

 返答が返ってくるとは思ってなかったらしい。人影は思わず大声をあげる。それを合図に、ランプに火が灯った。

「エ・・・・エリ、いるんだったら、明かりくらい・・・・・・・」

「点いてたら、ヒトエちゃん帰ってこなかったでしょ?」

 それは正解なので,『ヒトエ』と呼ばれた少女は思わず言葉に詰まる。動きやすさを重視しているらしいその服装は,見事に黒でまとめられている。ただ、特徴のある編み込みされたその髪は,派手な色のバンダナで覆われていた。

 その出で立ちを頭の先からつま先まで一瞥すると、エリはポツリと告げた。

「何処,行ってたの?」

「————ちょっとね」

 今までに何百回も繰り返された、互いに無意味だと思っている会話だが、エリは訊かずにはいられない。そして、相変わらずの応えに,エリは溜息をつく。

「ねぇ、ヒトエちゃん」

「ん〜〜?」

 着替えながら、ヒトエは生返事をする。それから微妙に視線を逸らしながら、エリはベッドに腰掛けると、ぽつぽつと告げた。

「今日、また『旅に出ないか』って誘われたんだけど・・・・・」

「—————行けばいいじゃない」

 その口調はいつでも冷たくって,それだけでエリは悲しくなる。俯くエリに、ヒトエはつかつかと歩み寄り顔を近づけた。

「エリは,腕も性格もいいんだからさ、誰だって欲しがるよ。いいじゃない、条件がいいところへ行けば。選び放題じゃない」

「あたしはっ・・・・・!」

 声を荒げるエリの言葉を、ヒトエは奪う。

「なのに,勝手に条件付けて・・・・あんな条件だったら、誰だって引いちゃうよ」

「だって!」

 気持ちばかり先回りして、言葉がついて行かない。そんなエリに背を向けると、ヒトエは殊更明るい口調で告げた。

「あたしに義理立てしなくていいんだからさ。エリももう14歳なんだし、独り立ちしても良い頃じゃない?」

「—————それって本気で言ってる?」

 表情を見なくても、怒っているのが判る。振り返ると、その場を明るくさせる雰囲気をもっている普段のエリより、数倍綺麗なエリがいた。

———怒ると綺麗になるのだ、この娘は。

 間抜けたことをぼんやりと考えながら、ヒトエは更に挑発するように続ける。

「————『本気』って言ったら、どうするの?」

 エリはヒトエを悔しそうに睨むと、何も言わずに部屋を去って行った。

 

 

 

「あっ・・・・・エリちゃん」

 廊下をほてほて歩いていたヒロは、暗い表情でどこぞの部屋から出てきたエリに声をかける。しかし、何かを考え込んでいたのか、思いっきり無視されてしまう。

「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ぽっつ〜〜〜んと暗い廊下に取り残されてしまったヒロは、ふとエリが出てきた部屋に灯りが灯っているのに気付いた。

—————ここの部屋って、誰かいるんだ。

 ふとした好奇心にかられ、部屋を軽くノックした。

「はい?」

 聞き覚えのない声が耳に届く。

「あの・・・・・・・」

 ひょいとドアを開き、部屋の中を見た。そこには、見知らぬ少女がベッドに腰掛けて、部屋に入って来たヒロを睨んだ。その射るような視線に、思わず身を引いてしまう。

「誰?」

「あ・・・・・・・・あの、旅の者です」

 間抜けた応えに、少女はブッと吹き出した。笑うと先程の怖そうな雰囲気が一掃され、かなり可愛らしい感じになる。

「なによ・・・・・・その、答え」

 くっくっくっと笑いながら、少女は問う。

「——————ごめんなさい」

 素直に謝るヒロに、少女はひょいと肩を竦めた。

「あの・・・・・・ここに住んでいる方ですか?」

「まぁね」

「じゃあ・・・・・・エリちゃんの」

 ヒロの言葉に、少女は『ああ』と頷いた。

「あんたが、エリを誘いにきたってわけ?」

「ええ」

「じゃあ・・・・・・条件は聞いたんだ」

 少女の言葉に、ヒロは悟る。

「あなたが・・・・・・エリの『条件』なんですか?」

 あまりにも真っ直ぐな問いかけに、ヒトエは言葉をはぐらかせなかった。しばしの沈黙の後、国利と頷く。ヒロは、そんな少女を見つめると、はっきりと告げた。

「あたしは、エリちゃんの条件をのみました」

「え?」

「一緒に行きましょう」

 ヒロの言葉に、少女はヒロを見上げた。どうしてだか、困惑した表情で首を横に振る。

「どうしてですか?」

「———————どうして、エリがあんなに誘われたのに、『条件』で断られたんだとも思う?」

 逆に少女は問い返した。ヒロはしばし考え込むが、

「わかりません」

 素直に答えた。そんなヒロに、少女は微苦笑する。

「あたしはね————『シーフ』なの」

「シーフ・・・・・・・」

 『シーフ』とはいわゆる『盗賊』である。人のものを盗み、生計を立てている者。いわば闇の職業である。他人の信頼なんてあるわけがない。

「だからね、みんな、あたしのことを知ると断るってわけ」

 少女はひょいと肩を竦めた。明るい表情を装っているけど、寂しい雰囲気は隠せそうにない。

「・・・・・・・・・・・・」

 しかし、黙りこむヒロに、少女は頭を下げた。

「だけど、お願い」

 いきなりの言葉に、ヒロは驚きの面持ちで少女を見つめる。

「あたしはいいから、エリは仲間にしてあげて」

 この人はどこか違う。エリを切実に求めているし、エリも本当はこの人と着いて行きたがってる。

 飛ぼうとしている鳥の足枷にはなりたくなかった。

「—————・・・・・」

「お願いします」

 こちらを見上げる瞳は切実だった。心底、エリのことを思っている瞳。

「どうして・・・・・・・」

「え?」

「どうして、そんなこと、言うんですか?」

「え・・・・・・・・?」

 ヒロの言葉に、少女は困惑した表情になる。

「条件を承諾するにしないに関わらず、あなたの言葉を聞いて、すっきりしました」

 直感を信じる。今回の旅で、ヒロが決めていることだった。

「どういう事?」

「・・・・・・あたしは、あなたがどんな職業であろうと、あなたを信頼します」

「—————・・・・・・」

 エリ以外、そう言ってくれる人間がいるとは思えなかった。だから、少女はヒロの言葉を素直に信じられない。

「・・・・・・冗談」

 呟く言葉をあえて無視して、ヒロは問うた。

「名前」

「え?」

「名前、教えて下さい」

「ヒトエ・・・・・・・・・だけど」

 ヒロはヒトエに歩み寄ると、ペコリと頭を下げた。

「ヒトエさん、あたしの仲間になってください」

 真っ直ぐな言葉、潔い視線、この人は何かが違う。

 そう感じたヒトエは、思わず首を縦に振っていた。

 

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