MAGIC


「あれ?」
 階段の踊り場を歩いていた玲奈は、不意に上からかかる声に、不思議に思って振り仰いだ。そこには、生徒会長が立っていて。
「たたたた………沢詩先輩!」
 思わず、ぴきりと固まる玲奈に、奈々子はほわぁっと笑い、こちらに下りてきた。が、しかし。
「あっ!」
「危ない!」
 どうして何も無いところでこけるんだ、この人は!!
 思わず差し出した腕にしがみつくと、奈々子は玲奈の腕の中に飛び込んできた。なんとか堪えて、抱き留めると、ふわりと鼻を掠めるいい匂い。
「ご………ごめん」
 しがみつきながら、奈々子は呟く。そして、顔を上げて玲奈を見つめた。だけども、それに答える余裕は、玲奈には無かった。
 なんだ、思ったよりこの人、全然細い。柔らかい髪が頬をくすぐる。————それより何より、なんて存在感のある瞳。
————あれ、あれれれ。
 心臓がどきどきいってる。顔なんか、きっと真っ赤だろう。心臓を鷲掴みされる、というのはこういう事を言うのだろう。
「宮内、さん?」
 抱きしめる腕の力に、奈々子は首を傾げる。その頬に手を当て、ひょいと玲奈の顔を覗き込む。
「………あっ!す………すみません」
 かぁぁあぁ、と顔を真っ赤にしたまま、玲奈は奈々子を手放す。そして、ぺこぺこと頭を下げた。
「あ、すみません、ほんと」
 そんな玲奈の頭を、奈々子はたしたしと叩く。それに、お辞儀をしたまま、玲奈はちらりと奈々子を見上げた。
 彼女はにこにこと微笑んでいて。その柔らかい雰囲気に、玲奈はほっと息をつく。
「………謝るのはさ、あたしの方だよね?」
 そして、お礼言うのも。
「ありがとね、あたし、よくこんな事あるんだ」
 何でもないところでね、転んじゃうんだよね。
 からからと笑う奈々子に、玲奈はつられて笑う。
————そうか、こういう人だったんだ。柔らかな雰囲気の中のおっとりした彼女。側にいるだけで、何だか居心地が、いい。
「あのさ、りっちゃんの事だけど」
 びくぅ!
 思わず尻尾を立てた玲奈の反応に、奈々子は目を丸くする。
「どしたの?」
「いえ………何でもありません」
 どきどきする胸を押さえながら、玲奈は続きを促す。
「りっちゃんはさ、あんな風に強引だけど、宮内さんのこと、気に入ってると思うんだ」
 バカみたいに見えるけどさ。
「だからさ、あまり、気にしないでね」
 ぽんぽんと肩を玲奈の肩を叩くと、『ほんと、ありがとね』と告げて去っていったのだった。
「なんだ………」
 てっきり、りっちゃんと付き合ってるんだ、とか言われるのかと思った………って、あれ?
 玲奈は腕を組み、首を傾げる。
「何で、気になるんだ?」
 気にしなくても、いいんじゃないか?別に、うん………あの人がりっちゃんと付き合っていようがいまいが。
「あれれれ?」
 またもや、心臓が脈打った。まるで『イヤだ』と抵抗しているかのように。
「え、あれれ?」
 玲奈は胸元を押さえ、思わず蹲る。
「え?ええ?」
 もしかして………もしかすると、りっちゃんが言ってた意味って………。
「こーゆーことかよ?」
 くしゃくしゃとショートの髪をかきむしると、玲奈は思わず唸った。だけど………だけども………。
「あたし、まだ、何もしてない」
 そう、気付いたのは確かだけども、これからどうしようかなんて解らない。どうなるかなんて解らない。だから………。
「————まだ、これからだ」
 玲奈はぽつっと呟くと、すっと立ち上がった。————そして、窓の外に視線を向ける。
 そう、まだまだこれから、始まったばかり。
 そして、彼女の温もりを確かめる様に、両手をきゅっと握りしめたのだった。


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