Luv Vibration

1

————それは、一瞬の出来事だった。

 戦いの最中、不意に魔物の触手がエリへと伸びる。

「エリちゃん!!」

 ヒロの声に、エリはそれから身をかわそうとする。しかし、ちょっとだけ遅かった。

————間に合わない!

 エリは避けながらも冷静に思う。そして、かわすのをやめて、ダメージを最小限に抑えようと防御に切り換えた。だが、そんなエリの視界に、見慣れた黒の装備が入る。

「————え?」

 素早さなら誰にも負けないヒトエが、エリを背で庇うかのように前に立ちはだかる。1本目の触手を右手の短剣で切り落とし、2本目を左手のダガーで軽く受け流す。しかし、それらで隠れていた3本目の触手には気付かなかったらしい。無防備になったヒトエの心臓めがけてそれが突き刺さる。

「————グッ!」

 ヒトエの装備は軽いのが特徴である。故に欠点はあまり防御力がないということだ。触手はやすやすとその胸当てを貫いた。

「————・・・・・・ヒトエちゃん!」

 ヒトエの身体から触手が抜ける。その反動で、ヒトエは後へと倒れた。エリの瞳には、その動作がスローモーションで映る。

「ヒトエちゃん!!」

 物も言わずにぐったりとした身体をエリは抱きとめる。

「こんの————!!」

 キレたヒロは両手で剣を掲げ、触手を相手にせず本体へと突進する。同じくタカも精霊を召喚し、ヒロをフォローする。

「たぁ————!!」

 剣で切りかかった瞬間、緑色の血飛沫が舞う。のた打ち回る魔物に、火霊を召喚したタカがとどめをさす。

「ぎゃあぁぁぁ〜〜〜」

 断末魔の悲鳴をあげる魔物に目を向けず、二人はヒトエに駆け寄る。

「————・・・・・・ヒトエちゃん・・・・・・ヒトエちゃぁん。目ぇ、開けてよ・・・・・・」

 エリは装備に血がつくのも構わず、泣きそうな声でヒトエを抱きしめながら、その名を呼び続けた。しかし、ヒトエは身動きすらしない。

「ねぇ、ヒトエちゃんってばぁ・・・・・・」

 ヒトエは『運』が良いから滅多に怪我をしたことがない。だから、ここまで酷い状態になった彼女を見て、エリはパニック状態になる。————ただでさえ、ヒトエはエリにとって大事な人なのだから。

「————ヒトエちゃぁん」

「エリちゃん・・・・・・」

 ヒロがその肩を叩く。エリはヒロを泣きだしそうな目で見上げた。

「————蘇生呪文使うしかないよ」

「でも、あれは・・・・・・」

 蘇生魔法はこのパーティーではヒロとエリが詠唱できる。しかし、その確率は半分。そして、時が経てば経つほど確率は低くなる。

「迷ってる時間ないよ」

 こくり。

 ヒロの隣でタカも頷く。エリは小さく息を吸うと、決心したようにヒトエに向き直り、呪文を詠唱する。

 

「・・・・・・どうして!」

 肩で息をしながら、エリは叫ぶ。先程から何回も呪文を詠唱しているのに、ヒトエは目を覚ます気配すらない。

「どぉして還ってきてくれないの!」

 蘇生魔法はかなりの体力と魔力を使う。既にエリの魔力は尽きていた。————ここまで確率が低いのは、旅に出てから初めてである。それでも、エリはヒトエから離れようとしない。ゆさゆさとその身体を揺さぶり続けている。

「エリちゃん、落ち着いて・・・・・・」

『そうだよ・・・・・・』

 タカがエリの肩にそっと手を乗せる。エリは2人を交互に見つめながら叫んだ。

「でも・・・・・・でも!」

「————あたし、まだ魔力あるからやってみる」

 タカにエリを預けると、ヒロはヒトエの手を取る。その手はひんやりと冷たい。

「・・・・・・ヒトエちゃん」

 『戻ってきて』という願いを込めながら、ヒロは必死に祈り続ける。————ヒロの運がいいのか、それともヒトエの運がいいのか、ヒトエの青白い頬に、少しずつ血の気が戻ってきた。

「ヒトエちゃん!」

 ヒロが掴んでいた手にも、温かみが戻って来る。そのことに、ヒロは安堵の息をついた。

『よかった〜〜〜』

 ぴょんぴょん飛び跳ねるタカとは裏腹に、エリはこの世のどん底という表情をする。

 しかし、ヒロもタカも蘇生が成功したことに気を取られ、エリの表情に気付いていなかったのだった。

 

「どーしたのよ、エリちゃん!」

 宿に着くなり、真っ暗な表情でヒロ達の部屋を訪れたエリは、むっつりと黙り込み、ヒロのベッドの上で膝を抱えている。

 どうして、エリがそんなに落ち込んでいるのか判らなくて、ヒロはおろおろしてしまう。

「————ねぇ、エリちゃんってば!」

「何?」

 ああああ、テンションが低い〜〜〜〜。

 ヒロは心で叫ぶ。

「ヒトエちゃんの怪我の手当ては?」

「タカちゃんに頼んだ」

 ポツリと答える。いつもだったら、怪我の治療は僧侶のエリの役目である。確かに今は魔力が尽きているから、治癒魔法は使えないが、傷の手当てぐらいは出来るだろうに。

 しかも、タカは手先が滅茶苦茶不器用なのだ。蛇足ながら、タカの髪の手入れは、ヒロの役目である。

 そんなタカに手当てされているヒトエに、ヒロはとても同情してしまった。

 ヒロは膝に顔を埋めているエリに近寄ると、ぽんぽんとその頭を叩いた。エリは長く細く息をつき、呟く。

「・・・・・・して」

「え?」

「————どうして、ヒロちゃんので蘇生するわけ?」

 ああ、そうか。

 エリのその一言で、ヒロは落ち込みの理由を悟る。

 大事な人を助けられなかった自分への無力さと、偶然にでも成功してしまったヒロへの嫉妬。その想いに苛まされ、拗ねている。

「そんなこと、気にしてたの?」

 笑いながら告げるヒロに、エリは俯きながら答えた。

「————あたしにとっては・・・・・・大事なことだよ」

「ごめん・・・・・・」

 笑いをひっこめ、ヒロは神妙な表情をする。エリは面を上げると、ヒロをじっと見上げた。

 困った瞳。自分を心底心配してる瞳。こんな時だけど、やっぱり好きな人に心配されるのは、居心地がいい。————結局、甘えてるだけなんだけど。

 そこまで思って、エリはふわりと微笑った。

「ごめん・・・・・・落ち込んでる場合じゃなかったね」

「————そうだよ」

 やっといつものエリに戻った。

 安堵しながら、ヒロはエリの頭を小突く。

「ったいなー、もーー」

 頭を押さえながら、ヒロのベットから飛び降り、ドアへと足を向ける。

「エリちゃん」

「タカちゃんと交代してくるね」

 軽くウィンクすると、エリはドアの向こうへと消えていった。その背を見送りながら、ヒロはやれやれと息をつく。

 

 

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