Luv Vibration

2

「タカちゃん」

 ドアを開けるとエリは小声でタカを呼ぶ。タカはくるりと振り返ると、包帯片手に上目遣いでエリを見上げた。顔に『困った』と書いているようで、とても愛らしい。

「ごめんね、頼んじゃって」

『ううん・・・・・・でも、ヒトエちゃん・・・・・・』

 運ばれた時のまま、眠っているらしい。手当てをしようにも、出来ないだろう。これでは。

「うん、いいよ。後、あたしついてるから」

『お願い』

 エリに包帯手渡すと、タカは静かに部屋を出て行った。エリはそろそろとベッドに近寄ると、椅子に腰掛ける。

 安らかな寝息をたてているヒトエの寝顔を見つめ、

「良かった・・・・・・」

 心の底から思う。ヒトエが腕の中に倒れてきた時、正直『もうダメだ』と思った。心臓が止まるかと思った。幾ら後で『蘇生魔法』を使えるとわかっていても。

————ヒトエが傷つくのを見るくらいなら、自分が傷ついた方がましだ。

 エリは小さな手を取り、思う。

「ん・・・・・・」

 ヒトエは少し身動ぎすると、ゆるゆると目を開いた。ぼんやりとした焦点が、エリに向けられる。

「・・・・・・エ・・・・・・リ・・・・・・」

「ヒトエ・・・・・・ちゃん」

「ごめん・・・・・・ドジった・・・・・・」

 エリはふるふると首を振る。涙で視界がぼやける。感極まって泣き出したエリに、ヒトエは微苦笑した。

「ごめん・・・・・・泣かないで・・・・・・よ」

 身体を動かそうとするが、まだ傷は癒えていない。身体を走る痛みに表情をしかめる。

「った・・・・・・」

 ヒトエは苦痛を堪えながら、それでも軽い口調で告げた。涙を手で拭うと、エリはベッドに腰掛け、ヒトエを覗き込む。

「エリ?」

 もう、ダメだ。押さえられない。気付いてしまった、この人への想いに。

 いつの間に、こんな表情するようになったのだろう?

 真っ直ぐな眼差し、力の在る視線。真剣な表情に、捕らわれたように動けない。

「エリ・・・・・・」

 不意に頬に唇が当てられる。暖かい癒しの空気が流れ込み、その場にあった傷が消えて行く。呆然としているヒトエの顔中に、唇を降らせる。最後に、首筋に顔を埋めた。

「ちょ・・・・・・エリ・・・・・・」

 戸惑いながら、ヒトエはその名を呼んだ。エリはか細い声で告げる。

「————もう、ダメだよ」

「・・・・・・・・・・・・」

「あたし・・・・・・もう、限界だよ」

 顔を上げると、ヒトエの瞳を覗き込んだ。辛そうな痛そうな、縋るような瞳がヒトエを射抜く。

「もう・・・・・・あんなヒトエちゃん、みたくないよ」

 首筋に唇を滑らせる。思わず、ヒトエの身体がしなった。

「エリ・・・・・・止め・・・・・・」

 抗議する唇を唇で塞がれ、最後まで言葉は言えなくなる。

「————好き」

 長いキスが終わると、エリは囁く。甘く切なげに。

「エリ・・・・・・」

「大好き・・・・・・」

 もう一度、深く口付けられる。そのキスにどうにかなりそうな心を、ヒトエは懸命に引き戻した。

「ダメ・・・・・・だって・・・・・・ば」

 両手でエリを押し返そうとする。しかし、エリは怯まない。喉元に顔を移動させ、軽く噛み付く。

「・・・・・・ッ!」

「好き・・・・・・」

 ヒトエの唇を甘い囁きと共に塞ぐ。何度も角度を変えながら、深く熱くなってゆくキスに、ヒトエはほんの少しだけ残っていた理性を手放した。

 ゆるゆると腕を上げ、エリの背中を引き寄せる。その行動にエリは柔らかく瞳を細めると———ああ、いつのまにこんな表情をするようになったのだろう?———その唇に甘いキスを降らせた。

 

 

「ん・・・・・・」

 何故だか不意に眼が覚める。暖かい温もりがとても心地よい。ゆるゆると瞳を開くと、幸せそうに眠っているエリの寝顔が真っ先に飛び込んできた。

「・・・・・・っ!」

 思わずヒトエは声を漏らす。しかし、それにもエリは目を覚ます気配はなかった。安らかにくーくーと寝息をたてている。

 窓の外を見ると真っ暗だった。未だ夜が明けてないのだけは判る。

「————そっか・・・・・・昨夜」

 何をしたのかは今の自分達の状態を見れば一目瞭然である。互いに一糸纏わぬ状態なのだから。でも、することはしながらも、エリは傷の手当てをしてくれたらしい。それらはほとんど癒えていた。

「起きなくっちゃ・・・・・・」

 このままでいればダメだ。自分はエリの気持ちに応えられない・・・・・・いや、応えてはいけない。

 そろりとその腕から抜け出そうとしたヒトエだが、不意に抱きしめられる。

「え・・・・・・!」

「ダメ」

 エリはパチっと瞳を開けた。勁い視線でヒトエを見る。

「エリ・・・・・・」

 それでも無理に起き上がろうとするヒトエを、エリは腕の中に閉じ込めた。素肌と素肌が触れ合う感じが、溶けてしまいそうな位心地よい。下手するとそれに溺れてしまう。だけど、そういう訳にはいかなかった。

「放してよ!」

「ヤダ!」

 答えながら、エリは身体を反転させて、ヒトエを組み敷く。そして、ヒトエをじっと見つめた。

「放したら・・・・・・ヒトエちゃん、元にもどっちゃう」

「————・・・・・・」

「あたしのことを子ども扱いして・・・・・・したことも、『気の迷い』で片付けるつもりでしょ?」

 図星を指され、思わずエリを見上げる。その視線はかなり凶悪で、エリの胸はどくりと高鳴った。

「気の迷いなんかじゃ、ないからね」

「・・・・・・気の迷いの方がいいよ」

「そんなんじゃない!あたしは・・・・・・あたしはずっと前から・・・・・・」

 ヒトエはエリの唇を人差し指で押さえた。そして、首を小さく横に振る。

「ダメだよ・・・・・・」

「ダメじゃない!」

 ヒトエの手をそっと取ると、その細い指に軽く口付けた。

 ————こんな小さい手で、ずっとずっと自分を護ってくれていた。

「好き」

 エリの言葉に、ヒトエは首を振る。それでもエリは挫けない。

「好きだよ・・・・・・ヒトエちゃん」

 知らぬうち、ヒトエの頬に涙が伝う。それを舌で掠めとると、

「どうして、泣くの?」

 困ったように囁いた。

「————あたしは、エリに相応しくない」

「え・・・・・・?」

 ヒトエはエリの頬に指を伸ばした。ぼろぼろ泣きながら告げる。

「あたし・・・・・・シーフだよ?僧侶のエリとつりあう訳がない」

 ヒトエの言葉に、エリは柔らかく微笑った。

「そんなこと、気にしてたんだ・・・・・・」

「あたしはどんなに汚れてもいい・・・・・・だけど、だけど・・・・・・エリだけは綺麗でいて欲しいの」

 普段だったら絶対に言えない言葉。だけど、今なら言える。

「バカ・・・・・・」

 エリはヒトエの額にこつんと額をくっつけると、ぽそりと告げた。甘い甘い声に、ヒトエは泣き出したいくらい切なくなる。

————好きだった。ずっと好きだった。誰よりも大切で、いつでも側にいて欲しかった。・・・・・・この想いは一生告げる気はなかったのに。

「あたしは、汚れたって、構わない」

「————イヤ、なの」

「ヒトエちゃんの側にいれない方が、あたしはヤなの」

 エリは切なげに囁く。

「誰に何て言われようと構わない。————あたしは、ヒトエちゃんの側に一生いたい。・・・・・・好きだよ」

「信じない・・・・・・」

 いつかエリは自分の手から飛び立ってしまう。いつでもそう思ってるから。————そうやって、心を慣らしておかないと、本当の痛みに耐えられそうにないから。

「信じてくれるまで、ずっと言い続けるよ」

「————だったら、一生信じない」

 一生、言い続けて下さい。

 隠された想いを読み取ったエリは、この上なく幸せそうに微笑う。そして、耳元に顔を近づけると、

「・・・・・・大好きだよ、ヒトエちゃん」

 囁くエリの背を、ヒトエはきゅっと抱き寄せた。触れ合う素肌が心地よくて、思わず溜息が漏れる。

「好き、だからね」

————聞き飽きるぐらいいったげる。

 そう続けるエリに、ヒトエはくすぐったそうに微笑んだ。

 

 

————数日後。

 次の街へと辿り着いた勇者様ご一行は、取りあえず大通りの店を冷やかしながら、宿へと向かう。

「取りあえず、いつも通りに2対2だね」

 チェックインを済ませると、ヒロは部屋の鍵を1つエリに手渡そうとした。しかし、いつのまにやらそれはヒトエの手に渡ってる。

「・・・・・・どしたの?」

 エリの言葉を無視すると、ヒトエはタカに向き直る。

「じゃ、いこうか?タカちゃん」

 戸惑うタカと自分の荷物を手にとると、さっさと階段を昇って行く。呆然と取り残されるのは、僧侶と勇者である。

「————エリちゃん・・・・・・」

 声に怒りを含ませながら、ヒロは問うた。

「・・・・・・え?」

 ああ、ヒロちゃん、怒ってるぅぅ〜〜〜。

「ヒトエちゃん、怒らせるようなこと、した?」

「さぁ?」

 惚けながらも、理由はありありである。だからといって、こんな報復しなくても・・・・・・。

 呆然とこちらを見上げるエリに、ヒトエは最後の最後でくるりと振り返ると、『ふふん』と笑った。あまりにも得意げな表情に、エリはむーと頬を膨らませる。

————全く、天邪鬼なんだから!

 それでもやれやれと息をつくと、エリは微苦笑しながら前髪をかきあげた。

「ま、いいか」

————まだ恋は、始ったばかりなんだから。

 

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