Lovin' You

10


「ここは・・・・・・?」

 家からタクシー十数分。到着したのは、大きな総合病院だった。

「こっち」

 寛子は多香子の言葉には答えず、その手を握ると正面玄関へと導いた。

その手が微かに震えてるのを、多香子は気付かない振りをする。

「誰かの、お見舞い?」

 エレベーターに乗り、手馴れた感じで階数ボタンを押すと、寛子は疲れたように壁に凭れかかった。

「寛子・・・・・・?」

 具合でも、悪いの?

 瞳を閉じながら、寛子は首を振る。そして、呟いた。

「大丈夫・・・・・・」

 無理に微笑む。

 そんな表情、見たいんじゃない。

 多香子は思うが、寛子の険しさに口を出せずにいた。

 ————チーン。

 その気まずい沈黙を破るように、エレベーターのチャイムが鳴った。

 

 静かな廊下に、2人だけの足音が響く。何かを求めるように、寛子の手が彷徨う。その手が不意にぬくもりに包まれた。

「・・・・・・上原」

「大丈夫?」

 その手の温もりに、寛子は溜息をついた。

————自分がどんなに緊張してるのか、彼女にはもう、わかってるのだろう。

「・・・・・・ありがとう」

 その手を放さずに、寛子は礼を言った。そして、不意に立ち止まる。

「ここだよ」

「・・・・・・『島袋』?」

 病室の表札を見た多香子は、訝しげに眉を潜める。寛子は、ドアを軽くノックすると静かに開いた。

「まぁ・・・・・・寛子さん」

 付き添いの女性なのだろう。立ち上がると、寛子を出迎えた。その奥のベッドには横たわる人影がカーテン越しに見える。

「・・・・・・こんばんわ」

 視線で『具合は?』と問うと、彼女は静かに首を横に振った。

「・・・・・・お友達?」

 多香子を見咎めると、女性は寛子を振り返る。

「ええ・・・・・・すみません、少し、席を外していただけますか?」

 寛子の言葉に、女性は一瞬、ベッドに視線を向けたが、直ぐに視線を戻す。

「じゃあ・・・・・・、ちょっと外の空気に当たってくるわ」

「すみません」

 1つ頭を下げると、彼女は軽く微笑み、出て行った。

 その場に残されたのは————3人。

「・・・・・・上原、ちょっと来て」

 カーテンの隙間を作ると、寛子は多香子を呼んだ。

「うん・・・・・・」

 するりと多香子は入り込む。

 ベッドには静かな表情で眠っている女性。口元には酸素マスクが取り付けられている。腕には点滴。見るのが痛々しいほどの『病人』だった。

「これが、あたしの母親だよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 思わず多香子は寛子を振り返った。寛子は冷たい深い瞳を、ただ、母親に向けている。

「自分の事しか考えてなかった・・・・・・最低な人だよ」

 無表情のままで、そう続けた。