LOOK BACK ON THE TIME


「………あんた達ねぇ」
 更に、事態が悪くなった、という想いで一杯の奈々子を全く気にせず、英語教師である松田律子と、その後輩である—————まぁ、律子と奈々子、そして、この場にはいないがもう1人の教師のであるが—————宮内玲奈は、がっしと熱い抱擁をかました。
「りっちゃん、久し振りだね!」
 満面の笑みで囁く玲奈。
「春休みにあったっちゅーの………」
「そうだね、玲奈!寂しかったよ………」
 よよよと、泣き崩れる律子。
「アホですか………」
 すっかり役に成りきっている女優となっている2人を無視して、奈々子は机に片方の肘をついて、『けっ』と呟く。
 この2人のおちゃらけは、今に始まったことではない。慣れている………慣れているはずなのだが………。
「なんで、こんなに疲れるのかなぁ」
 小さく小さく溜息をつきながら、奈々子は呟く。
「最初の頃は『りっちゃんなんか!』なんて可愛いこと言ってたのに………」
 その呟きを聞き咎めて、玲奈はきっと顔を上げる。それから、どこぞにカメラが在るかのような目線で、不敵に微笑んだ。
「やだなぁ………『本当の自分を見せられるようになった』って言ってよ」
 即ち、これ成長?って感じ?
「どこにカメラ目線で馬鹿な事を言うヤツがおる!」
 とうとう奈々子は怒鳴った。立ち上がり、玲奈と律子を睨み付ける。
 それに2人は『きゃっ!』と怯えた様に、身を寄せて、うるうるな視線で奈々子を見上げる。
「「怒っちゃ、やv」」
 綺麗にハモったお馬鹿な台詞に、奈々子は力尽きた様に、椅子に腰掛けた。
「………あの、ね」
 遊ぶのは結構だけども………。
「あたしを巻き込むのだけはやめてくれないかなぁ」
 しみじみと告げる奈々子に、玲奈と律子は『やりすぎたか』と目を見交わす。そんな時、不意に2人の耳に激痛が走った。
「………たたた」
「いたいいたい!」
 何だ、一体何が?と思った瞬間、聞き慣れた低い声が耳に届く。
「あんた達ねぇ」
 いー加減、遊ぶのは止めにしときなさい。
 ぎりぎりぎりぎり!
 耳を掴み、ぐいぐいと引き上げる。その激痛に、玲奈と律子は吊られた様に立ち上がった。
「痛い、いたい、痛いよ、美奈子!」
「あ゛〜〜〜〜、ごめんなざ〜〜い、美奈子さ〜〜〜ん」
 ほとんど泣きそうな声をだしながら、喚く2人を一瞥すると、数学教諭の天久美奈子は『ぱっ』と手を放した。
「………助かった」
「いたかったよぉ………」
 耳をすりすりとさする2人に、美奈子は良く通る声で達する。
「ったく、あんた達は!………玲奈!」
「はい!」
 びしっと居住まいを正した玲奈に、
「いつまで油売ってる気なの?担当の先生、待ちくたびれてるよ!」
「はいぃ!」
「それに、りっちゃん!」
「YES!」
 こちらもびしぃ!と背筋を伸ばして。
「英語課程の教諭のミーティング、もう始まるってよ!」
 それから『すぅ』っと息を吸って。
「さっさと、行きなさい!」
「「はいっ!」」
 びしりと告げられた2人は、脱兎のごとく、保健室を飛び出していったのだった。