君がいるだけで
3
「交代の時間でーす」
背後から掛かる声に、エリは大きく伸びをしながら振り返る。相変わらず気配を悟らせないヒトエに苦笑しながら。
「何よ?」
その言葉に、エリは『べっつにー』という感じで首を横に振ると、
「じゃ、頑張ってね」
あっさり声をかけて立ち去ろうとする。ヒトエはそんな相手の外套を思い切り踏みつけた。勢い余ったエリは、思わず転びそうになる。
「ちょっと!何するのよ、ヒトエちゃん!!!!」
キレたエリはヒトエにずかずかと歩み寄る。そんな相手に構わず、ヒトエはどこからかカップを取り出した。そして、鼻歌混じりでお茶の用意をする。
『むき〜〜〜〜』となりながら、エリはだんだんと足を踏み鳴らす。ヒトエは冷たい瞳でエリを一瞥すると、
「うるさいな、静かに出来ないの?」
「そうさせてるのはそっちでしょうが!!!」
怒りまくるエリに、ヒトエは一瞬視線を落とした。しかし、直ぐに見上げる。
「————あたしを1人にさせる気?」
そんな瞳でそーゆーことを言う?!
でも、判ってるのだ。自分はヒトエには逆らえない。特にこういう色っぽい上目遣い————本人全く自覚なしである————などされた日にゃあ、もうお手上げ。
エリはムッとしながらも、ヒトエの隣に戻った。丁度いいタイミングで、ヒトエはエリにカップを差し出す。
「・・・・・・ありがと」
怒りながらもきちんと礼を言う。そして、カップに口をつけた。ヒトエも何も言わず、じっと燃えさかる炎を見つめていた。
しばらくの沈黙の後、エリの腕がゆっくりと上がり、ヒトエの肩に触れた。そして、外套の中に抱き寄せる。珍しくヒトエはされるがまま、その肩にこつんともたれかかった。
「やっぱ、外套あるとあったかいね」
「————そう?」
火を見つめながら、エリはポツリと答える。しかし、不意に視線を闇の中に彷徨わせた。
「エリ?」
「・・・・・・何でもない」
「————やっぱり、夜は苦手?」
ヒトエの言葉に、エリは一瞬反論しようとしたが、直ぐに微苦笑した。
「最近はそうでもない。————どうも魔力上がったから、無意識にフィルターかかってるみたい。————でも、そうだよね。ちっちゃい頃は良く泣いてたっけ」
小さい頃から霊感があったエリは、誰にも見えないモノを見て、聴こえない声を聞いていた。その度にびーびー泣いてはヒトエの元へ寄って来たのに。
————それがこんなに大きくなって。
しみじみとヒトエは思う。身体ももちろんだが、旅に出てからエリは物凄く成長したと感じる。それが、嬉しくもあり、寂しくもあるヒトエだった。
「どしたの?」
こちらを覗き込むエリに、ヒトエははっと我に帰る。
「あ・・・・・・何でもない」
「変なヒトエちゃん」
そういいながら、エリはふわぁと欠伸をする。そして、眠たそうに目を擦った。
「む゛〜〜〜〜〜、眠い〜〜〜〜〜。やっぱ、もう寝る」
「・・・・・・もうちょっと付き合ってくれてもいいじゃない?」
「ヒトエちゃん、夜強いから大丈夫だって・・・・・・ダメ、もう寝る」
そういいながらも、もたれかかるヒトエを突っぱねられないでいる。ヒトエははエリから静かに離れると、
「じゃ、眠れなくなったら、もうちょっと付き合ってくれるんだ」
「え゛〜〜〜〜無理だって」
眠気は極限まできている。コレを吹き飛ばすのは、なまじの事じゃ無理だろう。
「やっぱ、も・・・・・・」
最後まで言えなかった。ゆっくりヒトエの顔が近付いてきて、エリの唇を塞ぐ。不意打ちのキスに、エリは呆然としたまま、目を瞑ることも忘れてしまっていた。
長いキスが終わり、ヒトエは静かに離れる。エリは、目を開いたまま、未だ呆然としていた。
「ヒ・・・・・・ヒトエちゃん?」
「目、覚めた?」
得意げに微笑むヒトエにエリは鼻に皺を寄せながら、くしゃりと微笑う。そして、肩に腕を回し、額をこつんとくっつけた。
「覚めました」
本当に吹っ飛んでしまった。
「じゃ、もうちょっと付き合ってね」
————素直に『側にいて』と言えないヒトエが、とても可愛いと思った。こういう所も、好きなのだ。
「はいはい」
くすくす笑いながら、エリは唇を寄せる。ヒトエは黙ってエリの唇を待った。