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LOVE IS HERE 1 -------------------第一印象は、お互い最悪だったと思う。 「うわぁ、綺麗な桜」 これから6年はお世話になるだろう寮へと続く道で出迎える桜並木に、島袋寛子は思わず歓声をあげた。 「ほんと・・・・・・綺麗」 隣にいた幼馴染みの今井絵理子も、それには同感という感じで頷いた。 今日は寮の入寮日。明後日は中学の入学式。中学・高校共に全寮制で一貫教育であるこの学校に2人が入学したのは、もちろんそれなりに理由があってからこそだ。 寛子の場合、父親の海外赴任に母親がついていくという事情で。絵理子の場合も父親の転勤なのだが、子供を慣れない土地に連れてゆくよりは---------絵理子の家は、彼女が幼い時に両親が離婚して父子家庭である--------幼馴染みの寛子と一緒に寮のある学校に入学させた方が良いという父親の配慮からである。 「綺麗だねー、ね、絵理ちゃん」 「うん・・・・・・・・」 ぼんやりと桜を眺めていた絵理子に、寛子は右手に持った案内図を、きゅっと握ると早口で続ける。 「荷物片付けたらお花見しようよ」 「あ、それいい」 寛子の提案に、1にも2もなく同意すると、二人は顔を見合わせてくすくすと笑い合った。 そんな時、春特有のいたずらな風が二人の間を駆け抜けてゆく。 「-----------あ」 不意の風に、寛子の手にしていた学校案内図が、花びらと共に飛ばされる。 「もーーー、絵理ちゃん、先行ってて」 寛子は早口で絵理子に告げ、慌ててその後を追いかける。 と、桜の木の陰から出てきた人影がそれを拾い上げた。 「あ、それ、あたしのです!」 たかたか駆けて行くと、満開の桜の下に辿り着く。拾ってくれたのは、ジーンズに白いカッターシャツという、ごくシンプルな服装をした、寛子と同じくらいの年頃の少女だった。 「ありがとう、ございます」 近付くまで、満開の桜の木の枝で表情は見えなかった。しかし、その表情をはっきり見れる距離まで来た寛子は、思わずまじまじとその相手の顔を見つめる。 -----------綺麗な、人。 パッと見の印象はそれだった。いわゆる『美少女』。怖いぐらいに整った顔立ちをしていて、くっきりとした大きな瞳が冷たい印象を与える。 しかし、寛子の視線に少女は冷たい表情をにこりとも動かさない。ただ、黙って手にした紙を差し出す。 「あ・・・・・・・すみません」 その言葉にも返事は無い。ただ、寛子を一瞥しただけで、直ぐにその場を去っていってしまった。 「----------何よ、あの態度!」 取り残された寛子は、腕組みをしながら、ひとりごちたのだった。 「あ、来た来た、寛ちゃん!!」 寮の正面玄関で待っていた絵理子が、遅れて来た寛子にぶんぶん手を振る。しかし、寛子の表情を見ると、その手を『はた』と止めた。 「どしたの,寛ちゃん?」 仔犬のように小首を傾げ、絵理子は訊いた。その問いに、寛子は目をパチパチさせる。 「え・・・・・・・あたし、どうかした?」 「何か変だよ」 幼馴染みの直感だろう、絵理子はきっぱりと答えた。その言葉に、寛子はうーとサイドの髪をかきあげると、上を向いた。そして、大きく息をつく。 ---------------何故だか、先程の出来事は言いたくなかった。 そんな寛子をどう思ったのか判らないが、絵理子はひょいと肩をすくめると、 「それより寛ちゃん、部屋割り張り出されてるみたいだよ。待ってたんだから、一緒に行こ?」 明るく告げる。それに寛子は頷くと、絵理子に右手をさしだした。絵理子はそれをしっかりと掴む。 小さい頃からそうだった。ケンカしたり気まずい雰囲気になった時さえも、こうして寛子は手を差し出す。それを絵里子は握り返す。---------言葉よりも大切な大切なコミュニケーション。 ゆっくり歩き出す寛子に、 「一緒の部屋になれたらいいね」 絵理子が無邪気に微笑みながら、話す。寛子は、片方の眉をちょっとあげると、 「----------そうだね、でも、こればっかりは運だから」 精一杯大人ぶって告げる。本当は寛子だって、絵理子と同じ部屋になりたくて仕方がないのだから。 そんな寛子の気持ちを知ってか知らずか、絵理子はその腕にぎゅっと抱きつく。 「クラスも同じだったら、もっといいよね」 何を楽しいのか、ニコニコ笑いながら明るい口調で続ける。同じように寛子も笑う。 2人でジャレ合いながら歩いてると、いつのまにやら部屋割りが張り出されているという学生ホールに到着していた。 そこには、自分達と同じように入寮してきたばかりなのだろう、私服の少女達がぎゃあぎゃあいいながらたむろしている。 2人は緊張しつつ、壁に張り出されたそれを見つめる。そして、同時に息をついた。 「あーあ」 「うーーーーー」 それから、顔を見合わせた。 「ダメだったね」 「うん・・・・・・ほんと、残念」 しゅんとする絵理子に寛子は明るく告げる。 「ほら、部屋は近所だし、いつだって遊びにいけるよ。それにこっちの部屋にも来ればいいじゃん」 「うん・・・・・・・」 それでも、絵理子の表情はさっぱり明るくならない。寛子も口を尖らせ、困った表情をする。 そんな時、聞き覚えのある声が聞こえた。 「皆さんの荷物はもう部屋の方に運んで在りますから。今日から明日の午前中までは荷物整理等の時間です。それから、入寮式をします。詳しいことは、後ほど放送で知らせますので」 声がした方向に2人が顔を向けると、制服を着た上級生らしい少女が、ハキハキとした口調で話していた。 その顔を見て、2人は顔を輝かせる。 「仁絵ちゃん!」 見事なユニゾンを発しながら、少女の元へと駈けて行き、ぎゅうっと抱きついた。そんな2人に抱きしめられながら、『仁絵』と呼ばれた少女は満面の笑みで2人を迎えた。 「絵理ちゃん、寛ちゃん、久しぶり。何時頃、ここに着いたの?」 「うん、ついさっき」 しっぽがあったらぱたぱたと振ってるだろう2人の頭を、仁絵はよしよしと撫でた。 新垣仁絵は2人の幼馴染みである。寛子と絵理子の親がこの学校に子供を進学させようとしたのも、元はと言えば、仁絵がこの中・高一貫教育で全寮制のこの学校にいたからであった。 2人より3つ年上の、今年高等部に進級したばかり。歳の差はあるけれど、2人はこの幼馴染みが大好きだった。 「久し振り久し振り」 「元気だった、ねえ、元気だった?」 「あー、もう、落ち着いて2人とも」 「だって、仁絵ちゃんと逢うのってお正月以来だもん。ね、寛ちゃん」 絵理子が長い髪をなびかせ、寛子を見る。それにこくこくと頷くと、 「また、一緒に遊べるね!」 「ね、今、暇なの?」 「-----------ハイハイ、落ち着いて。ほら、他の皆は自分の部屋いっちゃったよ。後で差し入れもって遊びにいくから、ね?」 2人の勢いに苦笑しつつも、結局甘い仁絵であった。 「うん、絶対だよーーーー!」 「また、後でねーーーー!」 ぶんぶんと両手を振りながら去っていく2人の背を眺めながら。 「にぎやかになるな・・・・・」 仁絵は、どこか嬉しいような困ったような表情で呟いたのだった。 |