LOVE IS HERE 

 

「信じられない、普通、あんな風に言う?」

 いきなり自室に飛び込んできた幼馴染みに、仁絵はまぁまぁと宥めるように紅茶を差し出す。ベッドに腰掛けていた寛子は、それを受け取ると、椅子に腰掛けた仁絵をじっと見た。

「ん?どしたの??」

「————あたしって、そんな初対面で嫌われるタイプかなぁ?」

 カップに口をつけると、寛子はぼそりと呟いた。仁絵は寛子に近寄ると、その頭をよしよしと撫でる。

「そんなことないって、寛ちゃんは、いいこだよ」

「う〜〜〜〜ん」

 カップをテーブルにおき、寛子は前髪をかきあげた。その行為に仁絵は目を細める。

「なに?」

「髪伸びたね、寛ちゃん。それに・・・・・・」

 寛子の手を掴み、ベッドから立ち上がらせる。心持ち顔を上げ、仁絵は寛子を見た。

「背も伸びた。ずっとずっとカッコ良くなったよ、寛ちゃん」

「・・・・・・・・それって褒めてんの?」

「もちろん」

 くすくす笑いながら、仁絵は答えた。それにふて腐れたように、頬を膨らますと寛子は再び腰掛ける。そして、物珍しそうに部屋を見回した。

「仁絵ちゃん、一人部屋なんだ」

「うん。でも、色々と選べるんだよ。基本的には中学は2人部屋だけど、その年度の人数の都合によって一人部屋って娘もいるし。でも、1年のときは全員、2人か3人部屋になってるけどね」

「ふ〜〜〜ん」

 感心したように寛子は頷く。

「でも、基本的な部屋の造りはそっちの部屋と変わってないでしょ?」

 広さは約8畳程だろうか、フローリングの床に落ち着いた印象を受ける壁紙。窓際には机とベッド、作り付けのクローゼットなどもある。そして、更に、ユニットバスにトイレつき。仁絵の部屋には私物であろうが、ポットやコーヒーメーカー、コンポも置いてあった。ただ、基本的にテレビはダメらしい。

 ここまで行くと、寮というよりはある意味一人暮らしの部屋と言っても良いのかもしれない。しかし、それに反映して、寮費はちょっと高めであった。

「うん。あたしの部屋はもうちょっと広くって真ん中にアコーディオンカーテンがあって、部屋が仕切れるようになってたし」

 その言葉に、仁絵は軽く頷いた。

「まぁね、それがプライバシーを守る最大限の配慮みたいだよ」

 仁絵の言葉に、寛子は大きく溜息をついた。何だか、ここに着いてから溜息ばかりついている気がする。

「なんか・・・・あたしの部屋ずっと、カーテンが閉められている気がする・・・・」

「ぼやかないぼやかない」

「だって!」

 むぅと頬を膨らませる寛子に、仁絵は苦笑しながら続けた。

「寛ちゃんは人から嫌われる子じゃないよ。それはあたしが良く知ってる。何かの縁で同室になったんだからさ、そう簡単に諦めないで、もうちょっと頑張ってみたら?」

「う〜〜〜〜〜」

 そんな寛子の頭を撫でると、

「辛くなったら話ぐらいきいてあげるから——————頑張れ、寛ちゃん」

 仁絵の言葉に、寛子は渋々だけど、こっくり頷いたのだった。

 

 

 

「お邪魔しま〜〜〜〜〜す」

 312号室のドアを軽くノックすると、絵理子はひょいと中を覗き込んだ。そこには多香子が黙々と部屋を片付けていた。

「・・・・・・・いい?」

 振り返った多香子は、絵理子の問いに軽く頷いた。絵理子は多香子の方のベッドに腰掛けると、部屋を見回す。

「寛ちゃんは?」

「・・・・・・さぁ?」

 肩を竦めると、絵理子の隣に腰掛けながら多香子は素っ気無く答える。その表情は見たことが無い程、冷たい表情だと絵理子は思った。

「・・・・・・多香ちゃん」

 そんな多香子の肩に、絵理子はそっと額を当てた。多香子は驚いたように絵理子を見る。

「————絵理・・・・・」

「7年ぶり、なんだね」

 顔を上げ、多香子の首筋に絵理子は腕を回した。そのまま、きゅうっと抱きつく。

「あたし・・・・・・ずっと、逢いたかった。多香ちゃんに・・・・・・ずっとずっと逢いたかったよ」

 多香子は戸惑いを含んだ視線で、抱きついてくる妹を見た。だけど、そんな彼女の背に、恐る恐る腕を回す。

「中学に入ったら、絶対に逢いに行こうって思ってたんだよ。それなのに、こんなところで逢えるなんて・・・・・凄く、凄く・・・・・・嬉しい」

 ぐずぐず泣きながら、絵理子は告げた。そんな泣き虫の妹の髪を優しく撫でると、多香子も囁く。

「あたしだって・・・・絵理のこと、忘れた日なんて無かったよ。ずっとずっと・・・・・逢いたいって思ってた」

 多香子の言葉に、絵理子はうんうんとう頷く。そして、涙に濡れた顔を上げると、にこぉっと微笑った。

「大好きだよ、多香ちゃん」

「・・・・うん」

 涙に濡れた絵理子の頬を指で拭うと、多香子は嬉しそうに頷いた。

「————ねぇ、そういえば寛ちゃんとは仲良くなった?」

 絵理子のいきなりの無邪気な質問に、多香子の表情が硬くなる。

「多香ちゃん?」

「絵理子の前でなんだけど・・・・・・」

「ん?」

 綺麗な髪をなびかせ、絵理子は小首を傾げた。

「あたし・・・・・・あの子、苦手」

「どしてぇ〜〜〜〜?」

 絵理子の問いに、多香子は何も答えなかった。黙り込む多香子に、絵理子は精一杯の想いで告げる。

「寛ちゃんはいい子だよ。明るくて優しくて、それに、凄く正義感が強くって。曲がったことが大嫌いで・・・・・・それに・・・・・えと」

「だから、イヤなの」

 絵理子の言葉を奪うと、多香子はきっぱり告げた。

 お日様のように光り輝いていて、真っ直ぐで綺麗な心を持つ人。見ただけで、それがわかった。彼女にとって、きっとこの世界は光り輝く美しい世界に見えるのだろう。

————そんな人間を、この自分が好きになれるわけがない。

「多香ちゃん・・・・・・」

 物凄く悲しげな表情をする絵理子に、多香子はやっと気付く。

「あ・・・・ごめんね」

「ううん・・・・・・」

 首を横に振りながらも、絵理子は悲しい表情を崩さなかった。

 

 

「寛ちゃんが帰ったと思ったら、今度は絵理ちゃん?」

 ここは駆け込み寺か?と心で呟きながら、仁絵は告げた。

 憤慨している寛子とは正反対に、真っ暗な表情をして現れた絵理子に、仁絵は先程の寛子と同じように、お茶を差し出した。

「・・・・・・ありがと。————寛ちゃん、来たんだ」

「うん。絵理ちゃんと入れ違いで帰ったけど」

「————何か言ってた?」

 おずおずと訊く絵理子に、仁絵はぱちぱちと目を瞬かせる。

「何かって何を?」

「・・・・・・う〜〜ん」

 言いよどむ絵理子の言葉を、仁絵は辛抱強く待った。しばしの沈黙の後、絵理子はようやっと口を開く。

「・・・・・・同室の、人の事、とか」

「ああ・・・・・・」

 仁絵は軽く頷くと、ベッドに腰掛けている絵理子の顔を覗き込んだ。その表情は今にも泣きそうな表情をしている。

「・・・・・・どうして、そんな表情するの?」

 寛子が、同室の人と合わないのが、そんなに悲しい事なのだろうか?

 素朴な疑問が心に浮かぶ。

「————寛ちゃんの、ルームメイトってね」

「うん?」

「あたしのお姉ちゃんなの?」

「————————はぁ?!

 思いっきり訝しげな声を出した仁絵に、ぽつぽつと絵理子は事情を説明する。

「・・・・・・そういう事か」

 やっと納得がいった。

「だから、あたしとしては2人に仲良くなって欲しいんだけど・・・・・・」

「————それは・・・・・・ちょっと・・・・・・」

 先程の寛子の勢いと、絵理子の話から察する多香子という少女の性格を鑑みると、流石の仁絵も慰めはいえなかった。

「ひとえちゃ〜〜〜〜ん」

 仁絵の言葉に、絵理子はますます泣き出しそうな声になる。そして、少しだけ小さい仁絵の首に抱きつくと、一生懸命訴えた。

「どうにかしてよ〜〜〜〜〜」

「どうにかって・・・・・・出来るもんならしてるけど・・・・・・」

 絵理子の背をぽんぽんと叩くと、困ったように仁絵は呟いた。そして、小さく息をつく。

「暫く放っておいたほうがいいよ・・・・・・それに・・・・・・」

「それに?」

 顔を上げて、絵理子は訊き返す。ほんの僅かな距離の絵理子の顔から、視線を微妙に逸らしながら、

「うまく言えないんだけど・・・・・・2人とも『大嫌い』って感じとは、ちょっと違う気がする・・・・・・」

 そう、仁絵は答えた。絵理子は抽象的な答えに、きゃんきゃん喚く。

「わっかんないよ〜〜〜〜〜」

「だから、あたしにだって良く判らないんだってば!————とにかく、幼馴染みと姉さんを信じてみるのもいいんじゃない?」

「う〜〜〜〜〜〜〜〜」

 ふて腐れる絵理子に、仁絵は何気に質問してみた。

「ねぇ、絵理ちゃん?」

「なに?」

「————どうして、『お姉さん』なのに、『同学年』なわけ?」

 暫く絵理子はきょとんとしていたが、

「・・・・・・わかんない」

 その言葉に脱力してしまう仁絵だった・・・・・・。

 

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