A Girl’s Night

 

————いつからだろう。『仕事』を追えて部屋に帰るのが楽しみになったのは。

 ヒトエは両手を上着のポケットに突っ込みながら、足取り軽く『溜まり場』の階段を駆け下りて行く。『仕事』が意外に長引いて、3日も部屋を留守にしてしまった。

「大丈夫かな?」

 良く言い聞かせてあるとはいえ、相手はまだ8つである。正直なことを言えば、滅茶苦茶心配であるが、子供が2人で生きていくには、何をしてでも食べていかなければならないのだ。

————それは、たとえ『シーフ』だとしても。

 ヒトエは小さく息をつくと、明るい大通りを歩き出す。家の近くの広場で、ピタリと足を止めた。

 明るい日差しががさす広場では、子供達が無邪気に遊んでいた。そこに見覚えある後姿を見つけ。思わずヒトエはその名を呼ぶ。

「エリーー」

 『エリ』と呼ばれた少女は、ぴたっと動きを止めた。くるりと振り返り、きょろきょろと辺りを見回す。直ぐにヒトエを認めると、遊び仲間の輪から抜け出し、笑顔全開でこちらへ駆け出してくる。

 しかし、後少しでヒトエへと辿り着くといところで、エリはばったんと転んでしまう。

「あ・・・・・・・・・・・・」

「————・・・・・・」

 エリは直ぐに起き上がるが、膝をすりむいたのか、そこを抱える.今にも泣き出しそうな表情をしたから、ヒトエは思わず身を乗り出した。

 だけど、予想に反してエリはすっくと立ち上がると、再びヒトエへの元へと駆け出してきた。

「ヒトエちゃん!」

 ちっちゃいエリは、ヒトエの腰にぎゅっと抱きつく。そして、ヒトエを見上げ、きらきらとした瞳で矢継ぎ早に問い掛ける。

「おかえり!帰ってきたの?もう、仕事終わったの?もう、1人で留守番しなくていいの?」

「判った・・・・・・判ったから」

 尻尾があったら、ぱたぱた振ってるだろうエリに、ヒトエは苦笑しながら、その頭を撫でる。そして、その視線の高さまでしゃがみこむと、瞳を覗き込みながら問うた。

「大丈夫?痛くない?」

 擦りむいた膝のことである。エリはそちらに視線を向けると、首をぶんぶんと横に振る。ヒトエは更に視線を落とし、そこを見る。

 案の定、血が流れている。ヒトエはポケットからハンカチを取り出すと、土を払いそれを巻きつける。

「————全く」

 変なところで強情っぱりである。ヒトエは微苦笑すると、ひょいとエリを抱き上げた。見た目よりも軽いエリは、腕力の無いヒトエでも、抱き上げることが出来るのだった。

「え・・・・・・・・・・・・」

「部屋に帰ったら、ちゃんと手当てするからね」

 エリの鼻を著ント人差し指で突付き、額をこつんとくっつける。そして、くすくす笑う。エリも同じように笑い返す。

 幸せな気分を抱きしめながら、家路へと向かって歩き出した。

 

 

 真っ暗な闇の中、いつ帰ってくるか判らない人を待つのは不安だった。————だけど、今日は違う。

 エリは既に眠りについているヒトエのベッドの脇に、枕を抱きしめながら立つ。しばし、躊躇していたが、そっと毛布を上げて、その中に潜り込んだ。

「え・・・・・・・・・・・・」

 ヒトエは身動ぎをすると、疲れたように瞳を開いた.エリは、思わず起き上がり、身を強張らせる。

「どしたの?」

 優しい口調に、エリの胸はとくんと鳴った。

「一緒にねても・・・・・・いい?」

 恐る恐る告げるエリに、ヒトエは微笑んだ。両手を伸ばし、エリを腕の中に閉じ込める。

「留守番、ありがとね」

 優しい腕の中、耳元で囁かれる。ちょっと低めの声は耳に心地よく響き、それだけでエリは嬉しくなる。

 甘い匂いのする身体を抱きしめながら、ヒトエは不意に思う。

————この部屋に帰るのが楽しみになったのは、エリのおかげだ。

 幾ら自由気ままとはいえ、一人ぼっちは寂しい。だけど、それに気付かないで、精一杯、今を生きていた。その忘れかけていた『寂しさ』を、エリが思い出させてくれた。

「あったかい・・・・・・」

 腕の中で息づく存在が更に愛しくなった。思わずヒトエは抱く腕を強くする。

「・・・・・・うん」

 ヒトエの鼓動を聞きながら、エリは静かに瞳を閉じる。

 

 

 

「あんなにちびっちゃかったのになー」

 さらさらの前髪をかきあげながら、頬杖をついたヒトエは、隣で眠るエリに視線を向けた。

 今じゃ身長も抜かれてしまって、力なんかも強くなって・・・・・・そして、そして、こんなにも好きになっている自分がいる。

————どうして、こんなに好きになってしまったのだろう?

 ヒトエは柔らかいエリの頬を、ちょんとつついた。

「ん————」

 エリは寝返りを打つと、無意識にヒトエの方へと腕を伸ばす。見た目より大きな手をそっと掴むと、ヒトエはその手のひらに自分の頬をぎゅっと押し当てる。

「————好きだよ」

 あの頃も今でもずっと気持ちは変わってないから.こんな気持ちにさせてくれるエリが憎らしいけど、こんなにも愛しい。

「おやすみ・・・・・・」

 額に唇をあてると、エリの肩口にそっとすりより、静かに瞳を閉じた。

 

END/BACK