「このままじゃ、どうしようもない」
ミナ、戻るよ。
意識を失ったエリを抱きかかえると、リツはミナを振り返った。それに頷き、ミナはヒロに近寄る。
「ヒロ、ちゃぁん」
今にも泣き出しそうなヒトエの肩を、たすたすと叩き、ミナは小さく頷いた。それに呼応して、ヒトエはそっと身体をよける。
血の気を失ったヒロの顔を、ミナはじっと見つめる。そして、頚動脈に指を当てた。
—————ほとんど、ない。
彼女は、死にかけている。直ぐに手当てをしないと、確実に死んでしまうだろう。でも………。
ミナは、すっと形の良い眉を顰めた。—————触れたところから、彼女の意思が流れ込んでくる。
『………お願い。もう………止めて』
自分の能力で、一番忌まわしいと思うのがこの『リーディング』で。そんなに強くないから、触れた相手の気持ちしか読めないというのが、不幸中の幸いと言うべきか。
『—————このまま生きてたって………何も、ない』
大切な君を失ったこの世界なんて………どうだって、いい。
「—————ヒロ」
その言葉に、呼応したように、ヒロはびくりと身をのけぞらせた。そのまま、身体の力が抜け、重力に身を任せる。
『お願いだから、もう………』
「………判った」
ミナの言葉が届いてるのかいないのか、ヒロの言葉は掠れていく。
ああ、もう、近いのだな、と経験でミナは思った。
『もう………死なせて………』
それが、ヒロの遺言だった。—————聴いてしまった者を、悲しくさせる。そんな言葉だった。
「………バカが」
ベッドに横たえられたヒロの亡骸の前で、吐き捨てるようにナナは呟く。
「………ヒトエと、エリは?」
だけども、彼女の仲間達を気遣い、振り返ってリツに問うた。それに、リツは肩を竦める。
「ヒトエは、どこかに飲みに行った。………エリは、まだ目が覚めてない」
でも、レイナがついてるから。
その答えに、ナナは小さく頷いた。それから、『ヒトエの側にいってやって』と短く命じる。その命に従い、リツはその場から去って行く。
「………判ってたの」
遠ざかっていく足音を聞いていたナナの隣で、ミナはぽそりと呟いた。それに、ナナは顔をあげる。
「勇者が、何をしたがっていたのか………あたしには」
でも、止められなかったわ。
「ミナ………」
「だって、そうでしょう?」
あの時だって、そうだった。彼女と同じ気持ちでいた勇者を、どうやって止められると思う?
ミナは淡々と問うた。それに、ナナは俯く。
「でも………それでも………」
きゅっと手を握り締めた。視線を、ヒロに向ける。
「確かに………ヒロ」
大切な者を失った、あんたにはこの世界はどうでもいいものかもしれない。でも、それでも………。
「あんたを、大切だって思っていた、残された者は………どうすればいい?」
もちろん、ヒロが答えてくれるはずもなく。
ナナは、その青白い頬にそっと触れると、全てを振り切るようにその場を去っていった。