—————あれから、何日経った?
ぼんやりと天井を眺めながら、ヒロは思う。
意識はある。だけども、気力がないのが自分でも判った。そんな気力がないと、本当に身体は何も求めないんだな、と、今更ながら思う。
視線を少しだけ動かすと、ベッドの脇に置かれていた荷物が目に入る。………彼女の荷物が。
「………カ」
胸に湧き出る言葉はたった一つで。もう既に自分は『狂っている』のだと。彼女に、囚われて、縛り付けられているのだと。
「タカ………タカ………」
何が、『絶対に護る』だ。側にいるだ………。約束なんて、あっという間に破られてしまった。
シーツをきゅっと握り締めながら、ヒロはじくじくと膿んだ傷から血を流し続けている。
今なら、判る。—————自分の方が、彼女を支えにしていた。護られていた。失ってから、判る自分の弱さ。
「………どうすれば」
いいのだ?自分は。どう動けばいいのだ?—————誰か、教えて欲しい。
そんな時、静かに部屋の扉が開いた。
「起きているかい?」
つかつかと窓に歩み寄り、引かれていたカーテンをシャッと開ける。外には、呆れるぐらい雲ひとつ無い青空があって。
余りの眩しさに、ヒロは目を細めた。そんなヒロにはかまわず、ナナは空気の入れ替えをするため、窓さえも開く。
冷たい空気が部屋の濁った空気を一掃して、それを確認してから、ナナは窓を閉めた。
「あれから、3日、経った」
ヒロはどうするつもりだい?
どこか素っ気無い口調で—————その方が今のヒロにはありがたかった—————ナナは問い掛ける。
ヒロはゆっくりと起き上がると、微妙に視線を逸らしながら、答える。
「………タカを………彼女を、取り戻したい、です」
その答えに、ナナはどこかバカにしたように哂う。いきなり、ヒロの胸倉を掴むと、抑えた口調で告げた。
「………いつまで、甘い事言ってる?」
もう、彼女はいない。取り戻したって、彼女が『元の彼女』に戻る可能性なんて、万にひとつもない。
「—————でも」
それでも、彼女を取り戻したいんです。
苦しげに、ヒロはナナに言い返す。そんな甘い考えの勇者の頬を、ナナは平手で張った。
「ぐじぐじ昔の想いを引きずってるんじゃないよ!」
あんたに出来ることは2つ。進むか戻るか………どっちかだ。
「ナナ………さん」
「いいか、彼女は魔王の分身だ。あんたが魔王を倒しても、彼女を倒さない限り、この旅は終わらない」
それなのに、『取り戻したい』だと?甘いこと言うな!
怒りを抑えてるのか、ナナの覇気はいつもにもまして凄かった。その雰囲気に気圧されて、ヒロは何も言えない。
「でも………」
タカがいなかったら………、あたし………。
うわ言のように呟き続けているヒロからやっと手を離すと、ヒロはどさり、とベッドの上に落ちた。
「後4日だ」
それだけ、待ってる。それまでに、どうするか決めときな。
ベッドに額を擦り付けて、シーツを握り締め続けているヒロをどこか軽蔑したような目で眺めると、ナナは来たときと同じ様に、部屋を去っていったのだった。