「どうして………」
 どうして、今頃になって現れた?
 リツの呟きに、ナミエは視線をリツに戻した。—————先程までの、柔らかい光はどこにも、ない。冷たい、凍るような瞳。
「判らない?」
 ナナの髪に、静かに口付けながら、視線はリツに向いていて。見せ付けるように。
 リツは悔しげに唇を噛む。—————どうしようもないほど、優位な彼女。
「ナミ………エ………?」
 どういう、事?
 ナミエの言葉に、ナナはそっと視線を上げた。静かに静かに問いかける。
 その頬に、指を伸ばしながら、ナミエは口元だけ笑んだ。
「判らない?」
 あなた達が、呼んだのよ。私を。………正確に言えば。
「………勇者とあなた達が出逢ってしまった事によって」
 勇者の救いようのない絶望と、その勇者を見て『自分たちの姿』を重ねてしまったあなた達の想いが、この地に眠る私を呼び起こした。
「そう言ったら、判ってもらえるかしら?」
 その言葉に、リツとナナは唇を噛む。—————確かに、そうだったから。彼女は、間違ってない。
 この地に来てから、何度、彼女のことを思い出しただろう?何度、後悔しただろう。
 人の想い程、『強い』ものはないというのに、それを忘れていた。
「ああ………そんな、表情しないで」
 今にも、泣き出しそうな表情。
 ナミエは、ナナの瞼に静かに唇を寄せた。甘く甘く囁く。
「だから、こうやって、又、逢えた」
 あたしは、嬉しかったけど?たとえ、再会の仕方が間違っていたとしても。
「—————ナミエ」
「だからね………ナナ」
 まだ、あたしのことを恋しいって想ってくれてるんだったら………。
 そう告げると、ナミエはナナの耳元で囁く。
 その言葉に、ナナはどこかきょとんとした表情をした。子供のような感じで。
 しかし、ふわりとした笑みのナミエを見て、先程の言葉が本気だと、知る。
「………出来っこ、ない」
「逆らってみても、いいんじゃない?」
 最初っつから、諦めないで。
 そう答えると、ナミエはいざなうように手を差し出した。—————暫らく、迷った末、ナナはその指を握り締める。
「何を………しでかす、気?」
 そのまま、自分を無視して目の前を通り過ぎようとしたナミエに、リツはじたじたと自分の存在をアピールしながら、問いかけた。
 なんだか、イヤな予感がする。
「りっちゃんは、ここで見てて」
 そして、何が起こったのか、伝えてあげて。ミナとレイナに。
 ナミエの言葉に、益々嫌な予感が強くなった。—————当たるんだ、こういうのは。
「ナナさんに、何をする!」
 その叫びに、既にベランダに辿り着いたナナは、ゆっくりと振り返った。情けなさそうな瞳で、リツを見つめながら。
「—————ごめんね、りっちゃん」
 何で謝るのか、判らない。だけども、何かが起こる。自分達にとって、嫌な何かが。
 そんな時、ナミエの唇が、リツの耳にそっと囁いた。美しいその声で。
「ナナさんは、返して貰うからね」
 残酷な言葉を。