苦しげに眉間に皺寄せながら、眠りについたナナに、そっと毛布をかけながら、リツは小さく息をつく。
 無理も無い、疲れているのだろう。………ただでさえ、この場所は、ナナにとって忌むべき場所なのだから。
「でもなぁ………」
 あの子達が、いくら心配だったからって、この場所に自ら飛び込んできたのは、彼女だ。—————だからといって、責める気なんてさらさらないけども。
「そこが………ナナさんらしいっちゃ、らしいよね」
 どこかお人よしののんびりや。外見とは裏腹に。前勇者は、外見は人懐こかったけども、中身は切れるナイフのようで。対照的な、二人。
「まぁ………仕方、ないか」
 これからどうするのかは、今の勇者に委ねられていて。今は、いわゆる『待ち』の時間。
 リツは緩くウェーブした髪をそっとかきあげると、
「………ゆっくり、眠って」
 触れるだけのキスをナナの頬に与えると、静かに部屋を出て行こうとする。しかし、ノブに手を伸ばした瞬間、背筋に何かが走り抜けた。
—————今のは、何だ?
 背後に、何か、いる。その気配は、たった今まで無かったのに。
 リツは振り返ろうとした。だけども、それは出来ない。………身体が意思に反して、竦んで動かないのだ。それほど、強大な気配。
 こんな風な状態になるのは、久々だった。あまりのことに、きゅっと手のひらを握り締め、心で叫ぶ。
 動け、動け動け!後ろには、ナナさんがいる。このままにして、逃げることは出来ない。
 うっしゃと気合を入れると、リツは勢い良く振り返る。そして、視線をナナの方へと向けた。
「………………え?」
 そこには、信じられないモノが、いた。


「—————ひさし、ぶりね」
 間違いない、彼女だ。
 身体が動かないのも当たり前だ。—————彼女の強大な気に対して、自分は無力だということは思い知ってるから。
「まさか、あなたがナナの一番近くにいるだなんて、思いもしなかったわ」
 てっきり、ミナだと思ってたのに。
 くすくすと微笑う表情は、相変わらずで。
「なんで………」
 なんで、あなたがここにいる?!
「あら、残念」
 歓迎してくれると思ったのに。
 顎に手を当てながら、少女は—————前勇者であるナミエはにっこりと微笑む。
「歓迎とか、そういうんじゃなくって!」
 っつーか、ナナさんから離れろ!
 その言葉を発した瞬間、リツの身体は壁に叩きつけられた。そのまま、ずるずると床に崩れ落ちる。
「っつ………」
 油断、した。
 打ち所が悪かったのか、唇の端から血が流れる。それをぐぃっと拭うと、リツは立ち上がろうとした。………したのだが。
「—————ちょっと!」
 身体が壁に縫い付けられたように動かない。足をじたじたさせながら、リツは怒鳴った。
「うるさいなぁ」
 前から、そうだったね、りっちゃん。知ってたよ、あたしは。
 ナミエは、そぉっとリツに歩み寄ると、身を屈め、顔を近づける。
「………ずっと、ナナのこと、見てたんだもんね」
 気付いてないのは、当の本人だけだったんだよね。
「………ナミエ」
 何が、言いたい?
 リツの問いには、なんとも言えない笑みを浮かべながら、ナミエはナナの方に向き直ったのだった。