days
5
「・・・・・・寛ちゃん?」
朝の込み合った食堂。待ち合わせをしていた絵理子は、恐る恐る寛子に声をかけた。
「————ん、何?」
一方、こちらは上機嫌な寛子の軽やかな返事。にっこりと振り返りながら、絵理子を見た。絵理子はそんな寛子の肩にぽんと両手を置くと、
「はっきり言うよ・・・・・・不気味」
普段は『クール』なんて形容詞が似合う涼しげな目元は垂れ下がり、きりりと引き締まった口元もゆるゆるに緩んでいる。それで、ぼんやりとして、思い出したように笑ってる。
————これを不気味といわずになんと言う。
「そう?」
ああ、やっぱりいつもの寛子じゃない!
普段だったら、『何言うのよ、絵理ちゃん!むっき〜〜〜』って怒り出すのに、それが、ない。というか、絵理子の言葉なんて、意に介してない。
「おはよう・・・・・・絵理ちゃん、寛ちゃん・・・・・・」
幼馴染みで3つ年上の新垣仁絵が声をかけてきた。が、しかし、寛子の表情を見て、目を丸くする。
「ひ・・・・・・寛ちゃん?」
「おはよ〜〜〜〜、仁絵ちゃん」
『天使がくれた出会いは〜〜〜奇跡なんかじゃないよ〜〜〜♪』とどこぞで聴いた鼻歌を歌いながら、寛子は答える。その様子を見て、絵理子に顔を近づけた。
「一体何が・・・・・・?」
「さぁ」
首を傾げる2人の脇を、多香子が通り過ぎた。
「おはよう、多香ちゃん」
絵理子が挨拶をする。多香子はその声に立ち止まると、ふわりと微笑った。
————こりゃ、聞きしに勝る美人だわ。
多香子をあまり近くで見たことがなかった仁絵は、心で唸る。
・・・・・・でも、絵理子には似てないけど。
更に一言付け加えながら。
「おはよう、絵理・・・・・・おはようございます」
絵理子の脇に佇む仁絵に視線を向けると、多香子はぺこりと頭を下げた。女だけの全寮制。こういうところは、きちんとしている。
「おはようございます」
「多香ちゃん、紹介するね。あたしと寛ちゃんの幼馴染みの新垣仁絵ちゃ・・・・・・先輩。高等部にいるんだよ」
「お噂は、絵理子から」
苦笑しながら、多香子は他人行儀に答えた。
————まぁ、当然だよな、初対面なんだから。
仁絵も曖昧に微笑みながら思う。
「こちらこそ」
のんびりと挨拶を交わしている2人に割り込むと、絵理子は多香子にズイっと近寄り、耳打ちする
「ねえねえ、多香ちゃん」
「ん?」
「寛ちゃん、何かおかしいんだけど・・・・・・理由わかる?」
その言葉に、多香子は食堂に視線を彷徨わせていた。見つけた寛子は、にやにやと思い出し笑いをしている。
・・・・・・あの、バカ・・・・・・。
多香子はふるふると身体を振るわせた。あんなに表情に出したら、バレバレやん!
理由は多香子にはよくわかっている。昨日デートの約束をしたのだ。それがそんなにも寛子を喜ばすことだったなんて・・・・・・知らなかった。
そのことに、多香子は寛子がどれだけ自分を想ってくれているのかを、改めて知る。
なんだか、くすぐったいような複雑な気持ち・・・・・・。
「多香ちゃん・・・・・・?」
同じように微笑んでいる多香子に、絵理子は再び恐る恐る声をかけた。その声に、多香子は我に帰る。
「さ・・・・・・さぁ、何か昨日、電話来てたみたいだから、それでなんか嬉しいことでもあったんじゃない?」
我ながら苦しい状況である。でも・・・・・・電話があったことは事実だ。嘘はついてないぞ、うん。
その言葉に、絵理子はうんうんと頷いた。
「そっか・・・・・・叔父さん達、早く帰ってこれそうなのかな?————まぁ、それならそれでいいや。取りあえず・・・・・・一緒に、ご飯食べない、多香ちゃん、仁絵ちゃん?」
そして、絵理子は後ろでスキップをしている寛子を親指で指し、それはそれは冷たい口調で
「あのバカも一緒に」
そう、提案した。