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11

 

「ただいま〜〜」

 部屋のドアを開けると、誰もいなかった。

「まだ、帰ってないのかなぁ・・・・・・」

 多香子は鞄から綺麗にラッピングされた包みを取り出す。そして、それを嬉しそうに眺めた。

「喜んでくれるかな・・・・・・」

 鞄の中に、それを再びしまうと、部屋着に着替えた。そんな時、部屋のドアが開く。

「おかえり」

「————多香ちゃん」

 冷たい声。それに振り返ると、険しい表情をした寛子がいた。

「どしたの?具合でも・・・・・・・・・・・・」

「今日、多香ちゃん、見たよ。ファミレスで」

 単刀直入に告げる。いきなりの言葉に、多香子は返す言葉も無い。

「え・・・・・・・・・・・・」

「絵理ちゃんと、楽しそうに話してた」

「うん・・・・・・」

 それは事実だ。隠しても仕方がない。

 素直に頷く多香子に、寛子はつかつかと歩み寄る。その勢いに、多香子は思わず後づさった。しかし、寛子は更に近寄ってくる。————とうとう、部屋の隅に追い詰められてしまった。

「ひ・・・・・・寛ちゃん」

 何だか、怖い。

「あたしと出かけるより、大切な用だったんだ、絵理ちゃんと出かけるのが」

「そ・・・・・・それは」

 まさか、『あなたの誕生日プレゼントを買いに行くから、絵理とでかけま〜〜す』何て言えるわけないじゃない。

 そう言いたかったが、寛子の瞳の色がそれを許してくれない。

「楽しみにしてたの、あたしだけだったんだ!」

 寛子は怒鳴った。押さえていた感情が、今、爆発する。止められなかった、止める気もなかった。

「寛・・・・・・ちゃん」

「違う?誘うのだってドキドキして。OK貰って浮かれてて、それなのに、絵理ちゃんとの約束の方が、多香ちゃんは大事だったんでしょ?」

 腕を伸ばし、囲いを作る。それから、逃げようとしたって、逃がす気はないのだ。

「ちが・・・・・・違う、寛ちゃん!」

 寛子腕の中、多香子は懸命に訴える。しかし、寛子は冷たく続けた。

「何が違うのよ!だったら、なんで、絵理ちゃんと一緒にいたのか、説明してよ!」

「・・・・・・違うよ、あたしはただ・・・・・・」

「ただ・・・・・・?」

 寛子の腕越しに、ベッドの上にある鞄を見た。多香子の視線を追い、寛子もそれを見る。そして、それを取り、多香子に手渡した。

「これ・・・・・・渡したくて」

 がさがさと鞄の中を探ると、寛子の目の前に現われたのはラッピングされた包み。一瞬、何か起こったのか判らなくて、寛子は目を丸くする。

「え・・・・・・・・・・・・?」

「誕生日、プレゼント・・・・・・あたし、寛ちゃんの誕生日知らなかったから」

 だから、絵理と一緒に買いに行ったの。

 多香子の思いもかけない言葉に、今まで渦巻いていた感情が一瞬にして消え去っていくのが判った。そして、力が抜けた様に寛子はへなへなとしゃがみ込み、頭を抱えた。

————そんなこと、思いもしなかった。自分の為だなんて・・・・・・そんなこと、考えてくれてただなんて。

「内緒にしたかったの・・・・・・でも、結果的に、寛ちゃん・・・・・・傷付けちゃったんだ・・・・・・ごめん」

 多香子の声が、遠いところから聞こえてくる。そんな事、もう、どうでも良かった。

「バカだ・・・・・・あたし」

 寛子は落ち込む。両腕で頭を抱えて、顔をあげようとしない。

「ううん、言わなかった、あたしが悪い」

「ごめん・・・・・・」

 色々な事に、謝りたかった。だけど、言葉が上手く出てこない。

「ごめん・・・・・・」

 多香子も同じようにしゃがみ込むと、寛子の顔をそっと上げた。その頬が涙に濡れてるのを見て、困った表情になる。

「————泣かないでよ」

「だって・・・・・・あたし・・・・・・」

 ぼろぼろ泣く寛子の頬に、多香子はそっと唇を当てた。そして、その頭を抱きこむ。

「あたし・・・・・・バカだ・・・・・・」

 多香子の気持ちも考えず、自分の気持ちばかり優先していた。感情に任せて、多香子を責めて。

「いい・・・・・・もういいから・・・・・・」

 そして、手にしていたプレゼントを差し出す。

「受け取って、くれる?」

「ありがとう・・・・・・」

 それを受け取ると、いきなり多香子を腕に閉じ込めた。その腕の中、多香子は静かに呟く。

「・・・・・・遅れちゃったけど・・・・・・誕生日、おめでとう」

 こうなってしまったのは、ちょっと悲しいけれど。それを引き起こしたのは、自分自身だから。

「————ありがとう」

 それしか寛子は言えなかった。言葉が言えなくって、その腕の中の存在を、きつくきつく抱きしめる。

 

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