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前編

 

「ヒロちゃん」

「・・・・・・・・・」

「ヒロちゃんってば〜〜〜〜」

 エリの声に、ヒロはむっつりと腕組みしたまま返事もしない。エリは困ったように、ヒトエに視線を向けた。しかし、先程から説得にあたっていたヒトエも、ひょいと肩を竦めるだけ。

 エリは困惑した表情で、天井を見上げ、溜息をついた。

 

 

 

————事の始まりはこうである。

 

「ヒトエちゃん、エリちゃん!」

 いきなりノックもせず、ヒロが2人の部屋に飛び込んでくる。大層慌てた表情で。

 明け方帰って来て爆睡していたヒトエは、むっつりとした表情で起き上がり、その寝顔を眺めていたエリは、妙に取り乱した表情で、というバラバラなリアクションをとりながら、ヒロに向き直る。

「ノックぐらいしてよね〜〜〜〜」

「・・・・・・・・・・・・何?」

 口々に告げる2人の言葉を聴いているのかいないのか、ヒロはうろうろと部屋を歩き回る。

「やっぱいない・・・・・・」

「だ〜か〜ら〜一体何があったわけ?」

 ヒロはピタリと足を止めると、2人を見た。そして、告げる。

「タカちゃんが・・・・・・いない」

「え?」

「また?」

 パーティー1のトラブルメーカー————しかも全く悪気がないときてる————のタカは今までも1度姿を消したことがあった。そして、トラブルに巻き込まれているという経験があった。

————3人は顔を見合わせると、同時に溜息をついた。

「最近大人しかったのになー」

「と、いうかヒロちゃんにベッタリで1人で行動するなんて無かったから・・・・・・不覚」

 口々に告げるエリとヒトエに、

「冷静に分析してる場合じゃないでしょ!」

 ハイトーンボイスでヒロは喚いた。ヒトエとエリは思わず耳を塞ぐ。

「モー、声高いんだから、もうちょっとトーンダウンしてよね〜〜〜」

「そうそう」

 膨れっ面のヒロを尻目に、ヒトエはベッドから抜け出す。そして、さっさと着替え始めた。その光景に、エリは微妙に視線を逸らす。

「エリちゃん?」

 ヒロが、そんな態度を取るエリの表情を覗き込んだ。

「あ・・・・・・ああ、何でもないよ」

 胸に刺がチクリと刺さったような落ち着かない気分のまま、エリは答える。

「・・・・・・ふ〜ん」

「————じゃ、探しにいこ?」

 着替え終わると、ヒトエはまだ何か言いたげなヒロに声をかける。何だかんだいって、3人ともタカには甘いのである。

「うん」

 すばやく身支度を整えると、3人は賑やかな町へと足を向けたのだった。

 

 

 

「おー、小さい町とはいえ、昼間はやっぱり賑やかだね〜〜〜」

 ヒトエは周囲を見回しながら言った。残りの2人も頷く。

「昨日は着いたの、夜遅かったしね」

 道にある出店をあちこち冷やかしながら、ヒロは答えた。何だかんだいって3人ともお年頃である。こう言う風になんでもなく、ブラブラ歩くのは大好きだった。

「————ね、ヒロちゃん」

 しかし、本来の目的————タカの捜索である————を忘れてないヒロは、きょろきょろと辺りを見回しながら、エリに生返事をする。

「タカちゃん、いつ出て行ったかわかんないの?」

「————うん・・・・・・気付いたらいなかった」

 いつものとおり、一緒のベッドに寝て————旅の初日から済し崩し的にこうなってしまった————目が覚めたら、隣はもぬけの殻。ヒロが慌ててしまうのも無理はない。

「よっぽど疲れてたんだね〜〜〜〜」

 しみじみと告げるタカに、ヒロは首を横に振る。

「・・・・・・というか、タカちゃんって寝起き悪いじゃない?だから、いっつもあたしが起きるまで起きた事なんてなかったから・・・・・・油断してた」

 まるで脱獄犯扱いである。

「でもさ、ほんと、最近1人で出歩くなんてなかったのになぁ・・・・・・」

 ヒトエがポツリと呟く。

 そうなのだ。一度、町で迷子になりトラブルに巻き込まれたタカは、『1人で出歩いちゃダメ』というヒロとの約束をきちんと守っていた。・・・・・・というより、ヒロの側を滅多なことでは離れない。

 ただでさえ、タカは見てて痛いほど、ヒロのことを想っているのがバレバレである。それに気付かないのは、ヒロ本人だという、傍観者のエリとヒトエには馬鹿馬鹿しい状況なのだ。

 だからこそ、今回の行動が不思議に思えるのだ。

「何か理由でもあったのかな・・・・・・」

 腕組みしながら、ヒトエは誰ともなしに呟いた。

 

 

 結局、タカは見つからなくて『まだ探す〜〜〜〜〜』と駄々を捏ねるヒロを宥めながら、3人は宿へと戻る。

「————何処行ったんだろ?」

 不安げに呟くヒロに、

「でも、あれだけ探していないってのは・・・・・・誰かに攫われてたりして」

 ヒトエが更に追い討ちをかける、その言葉に『ず〜〜〜ん』と暗くなってしまうヒロをかばうように、エリはヒトエに怒鳴る。

「ヒトエちゃん!」

「怒んないでよ、冗談だってば!・・・・・・ほら、もしかすると部屋に戻ってるかもしれないよ?」

 取り繕いながら、ヒトエはヒロ達の部屋をドアを開く。その途中で、ヒトエの動きが止まった。

「どしたの?ヒトエちゃん」

 エリが心配してドアに近寄る。ヒロも意気消沈したまま、2人の背中越しに部屋を覗いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いた」

 3人の声が見事に重なる。それはそれは綺麗なハモリだった・・・・・・・・・・・・。

 

 

                                                     後編に続く