「しかしねぇ………」
明後日の追試の試験問題を眺めながら、数学教師の天久美奈子は呟いた。そんな時、不意に後ろから抱き付かれる。
「————今、ちょっと忙しいんだけど」
気にもとめずに、試験問題を見据えたまま美奈子は呟いた。それに、抱き付いてきた相手————英語教師である————もいつものことなので、即座に離れる。
「はいはい。コーヒーでも入れますか?」
「ああ、じゃあ、お願い」
『了解』と答えると、買って知ったる他人の家モードで、松田律子はコーヒーメーカーに近付く。美奈子はその間も、もちろん、試験問題に視線は向かったままであった。
「で、今回は何名?」
「………1年だけで12名かな」
『ありがと』と礼を告げてカップを受け取ると、やっと美奈子は律子を見た。
「————まぁ、健闘してる方じゃない?」
「うん、そう思う」
さらりと答えると、美奈子は一口カップの中身を啜る。
「甘いね」
「今日の美奈には、糖分が必要だから」
あっさりと答えると、律子は自分専用となったカップの中身に口をつける。
「………へぇ、あの上原も追試なんだ」
頭良さそうに見えるのにねぇ。
「もうちょっとってトコなんだけどね、あえて心を鬼にして」
今、必死こいて勉強している多香子が聴いたら『むっき〜〜〜〜!!』と叫び出しそうな事を言って下さる美奈子である。
「ま、しゃあないか」
あっさりと告げる律子に、ちょっとだけ視線を注ぐと、美奈子は再び意識を問題用紙に向けたのだった。
「うっが〜〜〜〜!」
わかんないよ〜〜〜〜!!
とうとう叫びだした多香子に、仕切越しに寛子は小さく溜め息をついた。
やっぱり、もたなかったか………。
昨日の夜から閉じていたカーテンを開けると、ベッドに寝っ転がってじたじたしてる恋人がいて。
「たーか」
「………………」
む!無視しようとしてるな。
しかし、其処はあえて触れないでおいて。ベッドへと足を進め、顔を覗き込む。
ふいっと猫の様に視線を逸らした多香子に、寛子は微苦笑すると、
「なーに、根、あげてるの?」
「————寛子には関係ないじゃん」
「こらこら」
関係あるでしょうが?
寛子はベッドに腰掛けると、両手をついて多香子の顔を覗き込んだ。しかし、相手は相変わらず視線を逸らしたままで。
「多香」
顔を近付けて、耳許でそっと囁かれる。————そうされると、どうしようもない自分がいて。
たまらなくなって、多香子はその細い首筋にきゅっとしがみついた。寛子は、満足げに頷くと、ベッドと背の隙間に手を差し込み、引き寄せる。
「………やっぱ、落ち着く」
こうしてると、いらいらが全て吹っ飛んでいく気がする。
囁く多香子に、
「————現金だなぁ」
ちょっと憎まれ口を聴きながらも、幸せそうな表情をして答える寛子なのだった。