アンビバレンス
6
ああ、また夜が来てしまった・・・・・・・・・・・・。
寛子は窓の外を眺め、溜息をつく。
窓の外には綺麗な月。さわさわとした風が、風呂上りの火照った肌に心地好い。
相変わらず胸のざわめき、おさまらない。それどころか夜に近付く度、ますますざわめきが強くなってる気がしてしょうがない。
「————やっぱここは・・・・・・」
多香ちゃんより早く寝るしか術が無い。
決心した寛子は、くるりと振り返った。しかし、その目に映ったのは既にくぅくぅと眠っている多香子だった。
「たぁ〜かぁ〜こぉ〜」
がくりと力が抜けてしまった。思わずぺたりとしゃがみ込む。
人がせっかくせっかくせっかく決心したのにぃ〜〜〜〜。
四つん這いで近付くと、その寝顔を覗き込んだ。
どくんと胸が波打った。恐る恐る指を伸ばし、その頬に触れる。
柔らかいすべすべした頬。それがどんなに甘いのかを、自分はもう身をもって知っている。
寛子は優しく優しくその頬を撫ぜた。そん間隔に、導かれたように多香子はそっと瞳を開く。
「寛・・・・・・ちゃん?」
「おはよ」
胸のドギマギを隠しながら、寛子は軽口を叩いた。それに、多香子はふわりと微笑う。
その笑顔に、どうしても気持ちを押さえ切れなかった。両腕に力を込め、自らの体重を支えると、ゆっくりと顔を近づけた。吐息が混ざり合うくらい近付き、不意に動きを止める。
「寛ちゃん・・・・・・?」
「————キスして、いい?」
多香子は何かを言いかけたが、直ぐに口を閉じる。答える代わりにそっと瞳を閉じ、寛子の頬を柔らかく包んだ。それが合図かのように。そして、甘い唇にふわりと触れるだけのキスをする。
————ヤバいっ!
唇を振れ合わせた途端、昨夜のように身体に電流が走る。
こんな体勢のままでいたら、心が止められなくなる。だけど、理想に反して、欲望はどうしても止まらない。止められない。
「多香・・・・・・ちゃん」
掠れた声でその名を呼んだ。そして、再び口付ける。何度も何度も唇を重ねるうち『もう、どうにでもなれ』という捨て鉢な気分になった。
「寛ちゃん・・・・・・」
————どうしよう、気持ちいい。
段々激しさを増して行くキスに、多香子は流されそうになる。しかし、何とかそれを押さえ、唇が離れた隙に————その間隔は段々短くなっている————掠れた声で寛子を呼んだ。
多香子の声に、寛子は一瞬動きを止めた。多香子を組みふしたまま、じぃっと瞳を見つめる。
こちらを見上げる多香子の瞳は、切なげに潤んでいて、寛子の感情を更に煽る。思わず顔を近づけ、その耳朶をぺろりと舐める。それは、何処か甘くっていい香りがした。
多香子は多香子で、寛子の真っ直ぐな射るような視線から目が反らせない。しかし、このままじゃ求められるまま、流されてしまう。
多香子は息を切らせながら、切れ切れに告げた。
「もう・・・・・・寝よ?」
多香子の提案を寛子は思い切り無視する。無言のまま、再び顔を近づけ、首筋に唇を当てた。
————ビクリ!
思わず身が強張る。のしかかってくる重みが————大好きな寛子の重みなのに————どうしても、『あの時』を思い出させる。
「やめて・・・・・・」
するりとパジャマがわりのTシャツの裾から、寛子の指が忍び込んでくる。もう、それだけで駄目になった。背中に回していた腕を解き、グいっと寛子の顔を押し退ける。
「お願い・・・・・・止めて!」
だけど、寛子は止まらなかった。好きなのだ、大好きなのだ。心も身体も、貰えるものなら全部、全部欲しい。
多香子の抵抗も構わず、寛子はその両手を押さえつけ、行為を続行しようとする。その事に、多香子は凄く悲しくなった。
ぼろぼろぼろぼろ。
いきなり泣き出した多香子に、思わず寛子は硬直してしまう。
「た・・・・・・多香・・・・・・ちゃん」
「やだ・・・・・・やなの・・・・・・」
両手で顔を多い、多香子は誰ともなしに呟く。その囁きには力があった。切実な想いが込められていた。想いに気付いた寛子は、自分がしてしまったことで、どれだけ多香子を傷ついてしまったかをしる。
自分がしてしまったのは、傷を癒すどころか、治りかけた傷口を開いてしまった事に他ならない。
「————ごめん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
多香子はいやいやするように、首を振った。寛子はそこから離れ、浮言のように呟く。
「ごめん・・・・・・ごめん、ごめん」
こんな自分が多香子の側にいる資格などない。泣いている多香子を慰めたいけれど、原因の自分がそれをできるわけがない。
「ごめん・・・・・・本当にごめんなさい」
寛子はそう呟くと、凄い勢いで部屋を出て行った。それを止めることなんて、今の多香子に出来っこなかった。