アンビバレンス
3
「説明してよ!」
ベッドに腰掛けた寛子に、多香子はずいっと詰め寄った。どうどうと寛子はその勢いを両手で押さえる。
「『どうどう』じゃない!どうしてあんな事言ったの?」
寛子は多香子の右手を掴み、その身体を引き寄せようとした。しかし、強引な態度に多香子はガンとして動かない。
その態度に微苦笑すると、寛子は多香子の瞳を真っ直ぐに見上げながら、
「だって・・・・・・多香ちゃん、家に帰りたくないんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・う゛」
その言葉に、多香子は一瞬身を引いた。しかし、すぐに強気な態度に戻る。
「それとこれとは別、でしょ?」
「別じゃないよ」
寛子は立ち上がり、多香子の頬にそっと触れた。そこから、指を滑らせ、耳たぶを軽く摘む。
————うわっ!
背筋に電流が走った気がした。多香子は思わずびくりと身を縮ませる。
「ご・・・・・・ごめん」
寛子はパッとその手を離した。そして、所在無さげに前髪をかき上げると、再びベッドに腰掛ける。
最近、自分は変だ。寛子の些細な言葉や態度にいちいち過剰なまでの反応をしてしまう。————反応してしまうのは、きっとそれが嫌なんじゃなくて、自分の知らない何かが呼び起こされる・・・・・・不安な気持ちが勝っているから。
「————何処まで言ったっけ?」
何故だか顔を赤くしている多香子に、寛子は問う。その言葉に、多香子は我に帰った。
「あ・・・・・・えと『別じゃない』ってとこまで」
「あ、そうそう。だから・・・・・・えーとね、あたし、もともとお盆には、父方の実家に遊びに行く予定だったのね」
海外赴任で帰って来れない両親に言われた、今年の夏のたったひとつの条件。
それが『短期間でもどちらかの実家へと遊びに行く事』だった。
もともと両親に溺愛されて育った寛子は、両祖父母からも溺愛されていた。祖父母は仕事で帰れない両親はともかく、こっちにいる寛子には逢いたいらしい。かなり強引に取り決めされていたが、それに逆らう術は寛子は持ってなかった。
「————ひとりで行っても構わないけどさ、多香ちゃんと一緒だったら、もっと楽しいかなぁって思って・・・。静かで何もないとこだけど、海の近くなんだ。綺麗だよ、水、澄んでて」
一旦言葉を切ると、寛子は上目遣いで多香子を見上げた。
「・・・・・・それで?」
冷たい口調に寛子はがくりと肩を落とした。大きく息をつくと、多香子の手を取り、再度、その瞳を見上げる。
「一緒に、行かない?」
「それは・・・・・・あたしが家に帰れないのがかわいそうだから?」
寛子の心を見透かすような視線で、多香子は囁いた。その言葉に、寛子はぶんぶんと首を振る。そして、激しい口調で続けた。
「どうしてそういう言い方するの!?前にもいったけど、あたし、多香ちゃん、そういう目で見たこと、一度だってないからねっ!」
寛子の激しさに多香子はちょっと俯いた。寛子は少しむくれた表情で、繋いで手を引く。今度は大人しく、多香子は寛子の腕の中に抱き寄せられた。
「ただ・・・・・・あたしは・・・・・・」
「————うん」
頷く多香子の髪に寛子は顔を埋めた。そして、掠れた声で囁く。
「多香っちゃんと一緒にいたいだけ・・・・・・ちょっとでも離れたくないの」
寛子の言葉に、多香子は思わず顔を上げた。そっぽを向いている寛子の顔が、珍しく真っ赤になっている。
「・・・・・・寛ちゃん」
多香子が口を開こうとした瞬間、寛子は畳み掛けるように呟く。
「どーせ、あたしはガキですよー!そーだよ、そーなの、置いてきたくないのっ!多香ちゃんの事!」
「そんな事、一言も言ってないじゃない」
「————うっ!」
冷静な切り返しに、寛子は思わず詰まった。照れ隠しに多香子をぎゅううっと抱きしめる。その腕の中、多香子は小声で問うた。
「・・・・・・・・・・・・いいの?」
「えっ?」
「・・・・・・一緒に行って、いいの?」
思いがけない多香子の言葉に、寛子は一瞬呆然としていたが、すぐに勢い良く頷く。
「うんっ!全然構わないからっ!」
「だったら・・・・・・行っても、いいかな」
ふわりと微笑う多香子は、それはそれは綺麗で可愛くて、思わず寛子は見惚れてしまう。
「寛ちゃん?」
多香子のまじまじとした視線に、寛子はハッと我に帰ると、
「一緒に・・・・・・行こうね」
「うん・・・・・・」
囁きに甘く答える多香子の身体を、再び腕の中に閉じ込めた。多香子も多香子で、甘えるように瞳を閉じ、その鼓動に耳を傾ける。