“不良少年’s brain in a hallucination by the worst smoke with the 髑髏⇒白い羽根()

 

 

Prologue with Addicts

 

小汚い風が舞うそんな悪臭漂いそうな部屋で、ベッドの上の布団だけが妙なリズムで波打つ。その小汚い部屋に小さなガラスのテーブルがあって、そこにはドクロのマークの描いてある煙草が置いてある。それでも黙々とその空間の中では、誰かが怪しげに体を震わせ、今果てんばかりに動物性を露わにしている。交尾をするにはオスとメスと、そして生ける花と生ける花瓶がなければいけない。ただ、そこは余りにも小汚く薄暗いものだから、誰と誰が腰を動かしているかもわからないのだ。

 

「ファック!ファック!ファック!俺にそのオマエの首にぶら下がった、真っ赤なインディアン調のネックレスをくれ!」

 

まだ依然とそれは動き続け、それが余りにもそんなフザケた歌と同じリズムだから、俺はオマエの顔が見たくて仕方ない。

 

「なぁ、オマエら誰だ?」

 

 

 

Prologue with Rascals

 

まだ夜も明け切らぬそんな時間に、そこだけ少し体温が上がっている。あたりはまだ薄暗くて、風が靡く事に少し臆病になれた。それは俺達の歯車の境界線だった。そして、その風景がだんだんと遠くになっていくと、その風景に似つかない若者が朝日に向かって立っていたんだ。

 

「もう少し、もう少し、もう少し」

 

そう願っていたのは、何も俺だけじゃなかった。俺達は、その牧場の小高い丘の窪みに体を竦めて四つん這いになってそれを待っていた。

 

「よし!」

 

その声と共に、俺達が走り出したものだから、その子牛は驚いて、走って逃げていってしまった。それでも、そんな事には全く眼中に入れずに、俺達は一目散に走っていく。そう、その行き着く先は……。

 

「ホカホカだなー!」

「マジ、ヤベーよ、こんなん、普通だったら自殺もんだぞ」

「だよなー、頭おかしいよ、絶対」

俺達がそんな会話を交わしながら、それに照準を絞って、調理で使うボールを被せると、そこに開けておいた穴にストローを挿した。

「どっちからいく?」

「オマエいけよ」

「マジで?」

「マジで?って、おまえが先輩から聞いたんだろ?」

「そんなん、俺が聞いたけどさー」

「ビビんなって、死にゃーしねーよ」

俺はそいつの目が気になり、そんな下らない「ビビんな」の一言に煽られて、そのストローに口を近づけた。

「うわっ!くせー!」

「くせー!って、オマエ、当たり前じゃん。ウンコだよ、ウンコ」

「そんなのわかってるけど、やっぱり臭いもんは臭いじゃん」

「臭いから、ガス出てんだろ?」

「ダッセー、ダセーわ」

「ウルセーなー、見てろよ」

俺は、完璧にキマリたくて、やっぱりキマリたくて、そして、あ!何だったんだろうな、やっぱり、俺って………。

 

俺は、そのまま仰向けになってその空を眺めると、朝日がその空の残ったちっぽけな雲を照らして、それがイチゴらしい色を作り出していることに、笑ってしまった。

 

キマったか、キマっていないかなんか、その時、どうでもよかった………。

 

 

 

Prologue with Soulmates

 

やっぱり原点に戻ってみると、有名で極まりないミュージシャンの九割は麻薬中毒者だ。それがアスピリンだろうが、ナチュラルだろうが、関係ない。そして、アンプラグドと称して乾いた音を出すにはわけがあるからだ。そのわけは、クサのカケラでも吸わなくちゃわからないんだ。そんな事を言いながら、やっぱりジョイントを口にくわえて、霧生はドクロの貯金箱に向かって話しこんでいた。イスラム教徒が豚を食べないなんて知らなかった。味の素に豚が入っているなんて知らなかった。どちらにせよ、日本人はニンゲン以外は何でも食べるんだなと、感心しながらテレビを見ていた。早起きをしてしまって、休みの日にどうもテレビの中に下らないものを求めては、缶ビールを飲み、ドクロの絵の描いてある煙草を吸っては、そう思ってその憂鬱を晴らそうとした。

 

彼女の「さようなら」と言う言葉が耳に残ったまま朝を迎えると、愛に形がない事を少し悔やんだが、強がりを言って、やっぱり大悟は泣いてしまった。どうも彼女にはもっと普通のドクロが似合うようだ。俺みたいな汚れ切ったドクロには魅力を感じない。ライラックのお香を焚くと、目玉焼きなんか焼くんじゃなかったって、後悔した。部屋はライラックの臭いが充満して、とても卵なんか食べる気にはなれなかった。朝焼けに照らされると、やっと自分が朝を迎えたことに気づく。ネットの波を泳ぎ疲れ、コーヒーばかりをたらふく飲んだ腹が波打ち、ドクロの絵の描いてある煙草の煙を吸っては、吐き気を催すだけだ。ドクロがクルクルと回るそのスクリーンセーバーの先の、どこにもない世界の中に一人漂っていた。手首が痺れ、無理に開いた瞳孔の先に、少しのゲンカクが見えた。

 

あんまりタイシタ事のないフタリ。汚れと言えばヨゴレで、腐れと言えばクサレだった。頭の中にはいつも「トブ」ことしか考えてなくて、真剣に悩むことと言えば、下手な恋愛感情と、女とセックスをしたいということくらいだった。

 

誰が連れてきたんだ?いったい誰が? あいつ……、あの、ドクロを…………。

 

フタリは大して馬鹿笑いもしないで、どちらかと言うと声を押し殺して、ファミリーレストランの入り口への階段をひたひたと歩いていた。小腹を空かした感覚もなく、思い出し笑いのような感覚で歩いていた。本当は、フタリともキマッテイタんだけれどね。それでもって、もう、前のやつが歩いている靴のかかとに描いてある、ブランドのマークがおかしくて、ただそれを見て笑って。そして、そいつが軽く笑っているもんだから、隣のやつも意味なく笑う。結局それの繰り返し。馬鹿の悪循環、極まりなく。

 

「いらっしゃいませ」

そう言われるとフタリは、出迎えてくれたウエイトレスの女の子がかわいいのに、なぜかフタリとも照れた。無理にイッテしまった目の焦点を彼女の顔に合わせ、次に胸元に目をやった、実に好感触。次に、彼女はこう訪ねた。そして、これが事の「発端」だった。

 

「お客様、三名様でよろしかったですね?」

俺達は顔を見合わせる間もなく答えた。

「あ、フタリだけど」

「えぇーっと、そちらにいる女性の方はご一緒ではないのですか?」

「はぁ?」

俺達は周りを見渡した。どう見てもガランどうとした待合室は、俺達フタリと、下らないどこのファミレスにも置いてあるプラスチックのオモチャだけだった。

「女なんかどこにもいないじゃん」

そう、大悟は言ったけれど、心の中では、「こいつ、ラリってるんじゃねぇか?」と思いつつ、実は自分がラリっていることを忘れていた。

「え?でも……、そちらのお客様の隣にいるじゃないですか」

そう言って、指をさされたのは、霧生だった。霧生はその瞬間の一番最速のスピードで、さされた場所を確認して、少し気味悪がった。

「って言うか、フタリ、フタリ。ココに誰がいようが、関係ないから、席座らせてよー」

「……サイアク……。喫煙席と禁煙席がございますが」

サイアクと言った言葉は呟いた程度だったので、フタリには聞こえなかったけれど、それを見ている自分がサイアクだった。

 

彩子は三人分の水をその席に運んだ。別に何を気にすることなく、余りにもそれを当然とやってのけたので、フタリもただそれを見ているだけだった。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「えぇーっと……、って言うか、さっきから言ってるんだけど、俺達フタリなんだよねー」

「もういいよ。気にすんな、こいつちょっとやべーんだよ」

そう、霧生が静かに言って、そして、「コーヒー二つ」と彩子に言った。

「コーヒー二つですね。そちらのお客様は?」

そう、やっぱり霧生のすぐ隣を見て言った。

「はい、かしこまりました」

そう言って、彩子は行ってしまった。

「何がかしこまったんだ?」

「さぁ?」

 

彩子はあの三人を見て思った。変わった人達だと……。それにしてもあの女性、とてもキレイ。そして、どこか懐かしい。

「三番テーブルのあの三人さぁー」

そう、彩子が同じバイトの子と話したとき、彼女の言葉にまた耳を疑う。そして、三番テーブルをその時見たとき、そこにはやっぱりフタリしかいなかった。彩子はその女性が注文したはずのアップルティーを仕方なく自分で飲んだ。

それからいずれそんなことを忘れてしまいそうになると、フタリは立ち上がって帰る素振りを見せた。そして、フタリから伝票を受け取るとお会計を済ませた。そしておつりを彼達に渡そうと見上げると、そこにやっぱりあの女性がいた。

「あ!」

「何?」

そして、彩子がその言葉に10円玉を落としてしまい、慌てて拾い上げた。

「ごめんなさい、私、死んでるの」

そして不適にその女性は笑うと、彼達と一緒にそこを出て行ってしまった。彩子は未だ信じられないと言った感じで、ただ口を開けて入り口を見ていた。

 

あ!私、見ちゃった。話し掛けられちゃった。

 

 

 

Psycho

 

霧生は息詰まっていた。思うような旋律が何一つ浮かばない。いつものようにただこのピアノに座っていても、それが無駄なような気がして、そして呆然とそこに座るだけだ。霧生がピアノを始めたのは、まだ霧生に自分の記憶として定かなものが生まれる前だった。物心がつくと言う単純な動作の中に、ただ人より調べが一つ多かっただけ。今まで無理してきたものなんか何一つない。死ぬ事には簡単に臆病になれたし、生きる事には簡単に素直になれた。ただ、いつも自分の隣には何かが欠けていて、そしてそのわけのわからない、欠けた物の為に生きている自分もいた。両親はその欠けているものを俺に託したし、それは仕方のないことだと、自分でも知っている。親の愛が強ければ強いほど反発する意味のない行動や、言動は、いつしか自分に空回りを覚えさせて、それでも親にもらったものの一つのピアノと言うものにだけは、自分が心から好きになれた。ただ、今日は思うような旋律が何一つ浮かばない。

 

そして、ただ闇雲に感情を表すだけの即興の音が、その部屋では鳴り響く。そして、溜息と同時に鍵盤から指を離すと、煙草に火をつけて、鍵盤を見ていた。そして、奇妙なことが起こると、霧生の心拍数は上がった。鍵盤が勝手に動く。それは悲しい音色だった。薄暗いその部屋に悲しさだけが響いているようだった。そして音は静かに止んだ。欠けていたものが、少しだけ埋まったような気がした。

 

大悟はカルシウムが必要だと、フラレた女の事をまだ気にしていた。それにしても昨日の女の子はかわいかったと、それと混ぜながら考えた。次第に、フラレた女の事なんか忘れてしまって、昨日の女の子の事を考えるようになった。ファミレスにまた行きたいと願うと、大悟は霧生に電話した。

「もしもし?」

「あぁ、もしもし」

「なぁ、今日もファミレス行かないか?」

「俺も、それを考えてた」

「なんだ、オマエもか、かわいかったもんな、あの子。ちょっとラリってたけどな」

「オマエとは状況が違うよ」

「は?何が?」

「後で話すよ。じゃー、今から出るわ」

「おう、後でな」

会話は淡白な方が、男にとってわかりやすい。

 

大悟は先にファミレスについていた。一人でおもむろにそのドアを開けると、早速昨日の子を探した。そして、その子がやって来た。

「いらっしゃいませ。お客様一名様で?」

「あ、後から一人来るからフタリ」

「はい、かしこまりました。喫煙席でよろしかったですよね?」

「あ、ひょっとして覚えててくれた?」

そして大悟は席に案内された。

 

彩子は入ってきた客の顔を見て、また少しだけ時が止まったようだった。

「知ってる」

そう思えるのが当たり前で、もう一人の人は来ていないか少し気になった。そして、彼の言葉から、後で一人来るの言葉で、それを確信した。きっと背筋が少し凍るんだ。

 

「お客様、何名様ですか?」

そう訊いたのは彩子で、そして霧生はこう答えた。

「フタリって言ったら?」

「お連れ様いらっしゃってますよ、昨日も来ましたよね?」

「じゃー、サンニンって言ったら?」

彩子の目線を霧生は見ていた。

「ねぇ?変なこと聞いていい?」

「あ、はい」

「やっぱり見えるの?」

「えぇ………」

「で、女の子なんだよねー。かわいい?」

「キレイな人ですよ」

「アリガトウ」

そう言って、霧生は少し落ち着いた。

「ねぇ、バイト何時まで?終わったら、話しあるんだけれど。って言うか、聞きたいし、彼女のこと」

「あ、後三十分くらいで終わりですけれど」

「マジで?俺、霧生ね」

「私、彩子です」

 

「おい、何話してたんだよ」

案内されて、コーヒーを注文すると、それまで黙っていた大悟がそう訪ねた。

「いやー、だからさー、昨日のこと」

「昨日って?」

「彼女には見えてるんだよ」

「何が?」

「彼女が………」

そう言って、霧生は自分の隣を指差した。

「マジで?それって、幽霊なわけ?それともキマってるのか?」

なぜか少しずつ小声になってフタリは話した。

「そんなこと知らねーよ。俺だって昨日はあの子ヤバイって思ったし。でもなぁ……」

そこで霧生は溜息をついた。

「でもなぁって?」

そして、やっぱり、霧生はもう一度隣を指した。

「マジ?見えたの?」

「いや、全然。だけど、聴いた」

「聞いたって、声かなんか?」

「違う、彼女ピアノ弾いたの。俺の目の前で」

「マジ?それって、超ヤバクねー?」

「いや、そんなことないと思うよ。ちょっと悲しかったけれど、いい音色だった」

「オマエ何?吸ってきた?」

「吸ってねーよ。超シラフ」

そこで、ちょうど彩子がコーヒーを持ってきた。大悟はいきなり彼女に聞いた。

「ねぇ、見えるの?」

そう言って、大悟は霧生の隣を指した。彩子は普通に頷いた。

「やべー、やべー、オマエ等超やべーよ。って言うか、スゲー」

 

彩子が仕事を終えてフタリのテーブルにやってくると、霧生がどうぞと言って、席に座らせた。

「ゴメンネ、こんな見知らぬ俺達に」

「いえ、って言うか、見えちゃったし……」

「あ、こいつ大悟ね。で、えぇーっと、彩子さん」

「どうも」

今、この風景を見たら、全くわけのわからない風景で、普段ではあり得ない所から始まったから、多少その面子はビビっていた。

「ねぇ、歳幾つ?」

そう切り出したのは、大悟だった。

「十九です」

「マジ?俺らと一緒じゃん」

「何、学生?」

「はい、学生ですよ」

「って言うか、ちょっと大悟黙ってて。俺マジで話し訊きたいし」

「お、ゴメンゴメン」

そう言って、大悟は霧生の足を軽くケッタ。

「で、彩子さんは、彼女と話とか出来るのかなー?」

「あのー、彩子でいいですよ。話ですか?私はしていないですけど、彼女の方が……」

「え?何て言われた?」

「私、死んでるの、って……」

「マジ?じゃー、幽霊かー」

「オマエ、よく平気だなー」

「平気じゃないけど、焦ったって仕方ないし。それに、あの曲……」

「ねぇ、何か話してみてよ。例えば彼女の名前とかさー」

「そうそう、名前ないと、なんかリアルじゃないからなー」

「なんか、フタリとも、結構落ち着いてますよねー」

「あー、俺は全然実感ないよ。何も聞こえないし、何も見えないもん。それに、基本的に頭悪いしさー。ラリパッパーだよ」

「うっ、って言うか、私には思いっきり見えていて、しかもそこに座ってるんですよ」

「ねぇ、マジでちょっと名前とか訊いてみて」

そして、唾を飲み込んだような間が空いてから、ゆっくりと彩子が口を開いた。

「あのー、お名前は?」

「………。」

「なんか、聞こえた?」

「おまえはうるさい」

「で、なんだって?」

「サイコ」

そう言ったのはその幽霊だった。そして、その声はやっぱり彩子にしか届いていなかった。

「サイコだって」

「え?マジ?」

「サイコかー、同じ名前じゃん!」

「とりあえず、ハジメマシテって言っておいて」

「あのー、頷いてますよ。なんか、そちらの言葉は聞こえてるみたい」

「あ、そうなの。じゃー、よろしくね。俺、大悟」

「俺、霧生。突然でビックリしたけれど、今日弾いてくれた曲よかったよ」

「アリガトウって」

そして、俺達ヨニンは、歯車の境界線を超えてしまったんだ。

 

次の日、またピアノに向かうと、またあの曲が聞きたくなって、俺はサイコに言った。

「ねぇ、聞こえてる?」

「………」

「ねぇ、昨日弾いてくれた曲、もう一度弾いてくれない?」

「………」

そして、再び鍵盤が動くと、昨日の曲が流れ出した。必ずしもピアノで奏でるには雑な音だったけれど、それはやっぱり悲しかった。

「ねぇ、何ていう曲?」

もちろんそこに答えなんか返ってくるはずはなく、静かだった。気がつくと鍵盤の上に白い羽根が落ちていて、俺はそれを拾い上げた。

「ん?白い羽根?」

それはきっと彼女が運んだのに違いなかった。

 

 

 

 

Soulmates

 

「別に秘密にしておく必要はないと思ってさー」

そう言って、霧生の前に座っていたのは、大悟と彩子だった。

「いつの間に?」

「恋は突然やって来るんだよー」

「っていうか、彩子はそれでいいわけ?」

「なんか、カッコよかったし、なんとなく」

「は?絶対後悔するって、やめといたほうがいいって。こいつ脳みそパニくってるよ、それでもいいの?」

「オマエ、人がこれを機にいい恋愛をしようと思っているのに、何だそれ」

「っていうか、霧生は見えてないかもしれないけれど、そっちもラブラブなんだよ」

「ウソーッ!」

「サイコ、だって腕組んでるよ」

「知らなかった、いつの間に……って、大悟、てめー、何笑ってるんだよ」

「なんか、俺にも見えるような気がしてきた」

「はー、バカらしー、帰ろ」

そう言って、霧生は立ち上がると、店から出て行った。

 

霧生はまた薄暗い部屋で一人ピアノの前に座っていた。唯一接点が持てるものといえば、ピアノだけ。そして、彩子と言う一人の女。愛は国境を越えると言うが、俺は何を越えている?そして、勤しんだ音を奏でるため、一人また、思いにふける。そして、最近では増えてきた独り言。現実を保つために、ケムリを吸うのをやめた。

「ねぇ、君は俺に恋しているの?だから俺の隣に?」

「………」

「ねぇ、ピアノが弾けるって言うことは、字は書けるの?」

「………」

そしてその答えが返ってこないことに少し嘆くと、とても寂しくなって、今までの一人を、その時「独り」だと感じた。これは、恋って言うのだろうか?俺はきっと頭が少しずつ狂っていって、あの悲しい旋律だけに恋をしているんだ。でも、締め付けられる胸だけは、抑えられなくなって、勝手に鼓動だけが高鳴るんだ。

 

人込みの中をはぐれない為に、結んだもの。リョウテ。彩子は大悟と手を繋いで、その信号を渡ろうとした。そして、一人足を動けなくなると、まるで全ての音が止まって、人の呼吸や体温や、そんなものが全て止まってような気がした。そして、視界に飛び込んでくる、その瞳孔。そして、それを細かい所から離していくと、そこにサイコが立っていた。そして、大悟にその手を引っ張られたように、そしてそれと同時に、その冷たいヴィジョンは崩れ、そこにさっきまで見えていたはずのサイコはもう、いなかった。

 

そこに、ヨニンの若者が座っているはずだった。ただ、そこに生命の息吹が吹き込まれているかどうかは別として。そして、話が始まると、ただそこは静かな空間で、冷たいものを冷たいと否定できる生き物は、そこに存在しなかった。凍った時間。スイサイダルな夢の空間で、俺は昔、夢中になって読んだ推理小説の結末が、どれと同じように、犯罪者が自殺するのに嘆く。まして、それは何も生み出さない。

 

「ねぇ?あなたは誰なの?」

「私?私はサイコ」

「そうじゃなくて、何で私にだけあなたが見えるの?」

「知りたい?」

「えぇ、知りたい」

「知ってしまったら、あなたは自分を壊し始める」

「どういうこと?」

「だって私は、あなたに対してとても卑しい感情を抱いているから」

「卑しい感情?」

「でも、もう忘れてしまった。とても遠い記憶だもの」

「気になることがあるの」

「何?」

「あなたの名前……、何故?」

「それがわかってしまえば、あなたは何も迷わない」

「それが答えに繋がるのね?」

「えぇ、きっとね……」

「あなた、本当は、霧生に憑いてるんじゃなくて、私に?」

「そうだよ、霧生はただ私が好きなだけ、だから一緒にと願うの。あなたと霧生が出会ったから、それがきっと歯車の境界線。私が惹きつけられたのは、彼の曲を聴いたときで、そして私は、それだけでよかった。なのに……」

「なのに?」

「あなた、本当は霧生が好きでしょ?」

「え!」

「いえ、やっぱり違う。あなたは、私という「存在」がなければ、きっと霧生に抱かれている」

「どういうこと?」

「あなたは、霧生と同じソウルを持っているから。こう言う話を知っている?恋人になれるソウルメイトはね、前世では、血の繋がりを示すんだよ。そして、あなた達……」

「私達の前世に何か?」

「オシャベリは、きっと霧生に嫌われるもん」

そして遠い記憶だけが、空間を支配する……。

 

その日、霧生は産声を上げた。どこにでもある分娩室で……。そして、霧生の母親は、胸を撫でることのほかに、絶望を覚えた。生命は二つ宿り、そして、一つはもう固体としてでしか存在していなかった。それは人間だと言うこと以外は、精肉屋の店先に並べられている、今夜のクリームシチューの材料の、丸裸のチキンと同じだった。霧生の双子の片割れは生まれてすぐに死んでしまった。そして一度宿ったソウルがその固体から飛び出すと、天へと昇る。そして、今までにない吸引力が、そのソウルを引き戻す。蘇生。甦生。そして、丸裸のチキンは、呼吸を開始する。

 

そのベイビーの両親は、「彩子」と命名していた。産声を上げると、やがて産声をかき消す。やがて、それも悲しいミートに変わってしまった。彩子は生まれてすぐに死んでしまった。彩子に宿るはずだったソウルがその周りを彷徨っていると、異変が起きた。固体は絶望の中から、生命に変わり、そして、蘇る。あふれ出たのは、「サイコ」と言うソウルで、間違って引きつけられたのは、悲しい「ドクロ」、霧生の片割れ。そして、生まれるのはサイコの中の、卑しい感情。

 

「どうした?何で泣いているんだよ」

彩子の目から流れる涙を見て、霧生が言った。そこはもう、現実だった。

「霧生が欠けていると感じていたものって………」

「は?」

大悟は頭を掻き毟る。

「大悟、ゴメン、私達、別れましょ?」

「は?」

大悟は持っていた煙草を落とした。

「さようなら」

そう言って、彩子はそこから立ち去った。大悟と霧生は、全く理解を示さず、不可解なまま、それを見ていた。

 

「振られたんだよなー、俺」

「みたいだなー」

「何で?」

「さぁー?」

「泣いてたよなー」

「あぁ、泣いてた」

「サイコと話してたんだろ?あいつ……」

「行けよ、バカッ!」

「おう、悪いな」

そう言って、大悟は走っていった。違法駐車だらけの自転車をなぎ倒して、走った。そして、彩子の姿を見失うと、急いで携帯電話を鳴らした。無力な自分に腹が立って、自動販売機を殴った。とても痛かった。

 

 

Blues Scale with Marijuana

 

彼女の「さようなら」と言う言葉が耳に残ったまま朝を迎えると、愛に形がない事を少し悔やんだが、強がりを言って、やっぱり大悟は泣いてしまった。キッチンに行くと冷蔵庫を開いて、牛乳を取り出す。そして、それを紙パックのまま口に含むと、その余りの強烈な味覚に、それを吐き出した。そして、すぐに蛇口で口をゆすいだ。泣きじゃくったまま、賞味期限を見ると、それはとっくに切れていた。

 

「ファック!ファック!ファック!」

そう叫ぶと、余りにも情けない無言の時に、大悟は「アチョー」といって、ブルース・リーの真似をして、空気にケリを入れた。とても虚しかった。ロバート・ジョンソンのスケールが、大悟にケムリを勧めると、大悟はまた虚しく空を仰いだ。また俺は、そこへ逃れるんだ。

 

ジャック・ダニエルとシルクハットは捨てられない。ジャック・ダニエルとシルクハットは捨てられない。ジャック・ダニエルとシルクハットは捨てられない。

大悟は完全にキマッテイタ。

 

そのテーブルにサボテンは置かれていた。サボテンは、人の心がわかるんだと、友達に教えてもらった。だから、ウソをつかないように、彩子はテーブルの上にサボテンを置いて、それを眺めていた。そして、ハートの赤さを確認した。

霧生は、私の双子の片割れ。違う。私が霧生の双子の片割れ。そして、私の体は、サイコのもの。そして、私は呼吸をして、誰かに抱かれて、私は普通に生きている。サイコの言った通り、私は知ってしまえば、こうやって胸を痛めて、頭を悩ませて、変な感情を持ったまま、自分を壊し始めるんだ。霧生が好き?そんな感情なんてないわ。大悟が好き?それも違う。霧生に抱かれたい?私、きっと想像だけでは濡れたりしない。惹かれている?それはあるだろうね。きっと、今こうやってハートが赤くなるくらい、感情を使っているんだもの。彼女があんなことを言わなければ、こんな感情生まれてくることはなかった。マヤカシ?怯えたこの感情をただ、恋と勘違いしているだけ?このハートのダンスのエイトビートの加速は、ラブじゃない。彼女は霧生のことが好きだって言ってた。じゃー、それでいいじゃない。私に変な感情を抱かせる必要もないじゃない。

 

「卑しい?」

そして、突然声がした。

「サイコ、そこにいたんだ」

「霧生のこと考えていたでしょ?」

「そう、そして、色々なことも」

「例えばどんな?」

「例えば、私の魂が抜けてしまって、あなたが私になっても、結局彼を愛するのは、私には変わりないよね。そして、彼があなたを愛しても、それは私には変わりない……」

「それは違うよ」

「どうして?」

「どうしてって、私は彼に抱かれたいわけじゃないもん。私は彼と一つになりたいだけ」

「でも、どうやって?」

「簡単よ。彼が死んでしまえばいい」

「ふーん、そう言うことか……」

「そう、単純でしょ?」

「で、あなたは私になって彼を殺した後、彼と一つになろうって……そして、残された私は、彼を殺してしまったことを悔やんで、泣き崩れるんだね」

「あなたじゃなくてもいいよ。誰が彼を殺めたって。自殺でも構わない。むしろ自殺の方が、私にとっては深いかもね」

「で、採算は?」

「今のところはないよ。じゃなかったら、今ごろ彼は死んでいるもん」

「ピアノを奏でるだけ?」

「そう、今のところは」

「わかった、私も疲れた。今日はもう寝るから」

「うん、おやすみ。彼のところに戻るね」

「うん、おやすみ」

 

愛に形って必要ない。霧生がそう思ったのは、霧生が好きな旋律には、形なんてなかったからだった。ただ、形があれば、それはそれで楽だし、お互いを確認しあう必要もなくなる。でも、それは嫌だな。霧生はあの時拾った白い羽根を手でつまんでクルクルと回しながら、そう一人、想いに耽っていた。そして、そのとき、ピアノの鍵盤が動いた。霧生はピアノに向かうと、タバコを吸って、会話を始めた。

 

「ねぇ、質問するよ。イエスなら「ド」、ノーなら「レ」、わからなかったら「ミ」の鍵盤を弾いてね。俺って、頭良くない?これなら少しは会話が出来る。わかった?」

そして鍵盤が動いた。サイコはイエスと答えた。

「えーっと、じゃー、何て訊こうかな?意外と難しいね。じゃー、俺ってイケテル?」

すると、「ミ」の鍵盤が弾かれた。

「え?マジ?そっかー、そりゃー仕方ないなー。じゃー、違う質問ね。白い羽根をくれたのは、君?」

「イエス」

「あの曲は、君の旋律?」

「ノー」

「彼女泣いていたけど、どうして?」

「……」

「って、これじゃー、イエス、ノーじゃ答えられないかー。ねぇ、俺は君と一つになれる?」

そこに、鍵盤の音を求めていて、そして、それが鳴ると、霧生は深く息を吸った。あの旋律は誰の?俺が現実世界によくいた頃、あの旋律を確かめたことがあったかな?

 

大悟はトイレから出ると、またすぐにトイレに駆け込んだ。どうやらひどい下痢だ。そして、天井のシミを見上げると、少し笑って、最近自分の手がひどくボロボロなのを気にしていた。女にフラレた事は気にしちゃいない。ただ、彩子が空気に投げかけていた言葉と、霧生との関係、そして彩子の気持ちがまだ理解できてはいなかったからだ。あの涙は、感情だとかそんな涙じゃないって思った。ただ自然に流れ出る涙で、涙に種類があるならば、一番清らかだと思った。そして、どうしても話しがしたくて、手首を切る思いで、大悟は彩子と向かい合った。

 

「ごめんなさい、昨日は……」

「って言うことは、冗談だったわけ?」

「うぅぅん、本当にそう思ったからさようならって言ったの」

「そっか、うん、そうだよね、そうかぁー………って言うかさー、昨日泣いてたじゃん。やっぱ気になるじゃんねー。俺も男だし、本当にいい恋愛がしたくて」

「あのね、サイコ、ほら、あの、霧生の……」

「うん」

「彼女とね、ずっと話をしてたの、でね、いろいろ知っちゃって、で、彼女に言われたの」

「何て?」

「私、霧生の妹なんだって、で、サイコは、本当の私なんだって」

「は?」

「霧生に双子の妹がいたって知ってる?」

「あー、なんか生まれてすぐに死んじゃったんだろ?」

「そう、それが私……で、本当の私は、霧生の隣にいる、サイコ……でも、現実には私は私で、非現実と言えば、あの子が存在していることだし、私も、なんかよくわかんない」

「で、別れた理由は?」

「彼女に言われたの、本当は霧生が好きなんでしょ?って」

「で、何て答えたの?」

「何も答えていないよ。で、サイコに否定されちゃった。でも、私の存在がなければ、あなたは霧生に抱かれているって」

「何だそれ。よくわかんねーよ」

「私もよくわからない。でも、霧生と私はソウルメイトなんだって」

「おー、なんかムカツクけど、カッコいいなぁ、それ」

「で、そんな気持ちじゃ駄目じゃん、だから、あの時は大悟に迷惑かけると思って、で、さようならって言ったの。わかってくれた?」

「全然。わかんねーよ、そんなの。ソウルメイトだか、幽霊だか知らんけど、そりゃー確かに俺達会って、お互いのことなんか全然わかんねーよ。だけどさー、関係ねーじゃん」

「うん、もうそれとは関係ないけど、でもね、私、考えてみたんだぁー。やっぱり霧生に惹かれてるんだって。ホント、ゴメン……」

「わかったよ、そりゃ、仕方ねーな。じゃー、俺行くわ」

そう言って、そこにあった伝票をつかむと、大悟は立ち上がった。かなり辛かった。本当は泣いてしまいたくて、何がなんだかわからなかった。ただ、関係ないはずの霧生が一番ムカついて、そして霧生の家へ駆けて行った。

 

 

 

Prologue with Junkies

 

コンッ、コンッ。ガチャッ。

「霧生?いるか?」

そう言って、大悟は勝手に霧生の家に上がりこんだ。霧生は一人ピアノに向かって座っていた。すると、霧生は全くこちらに気がつかないのか、すぐそばにいるはずなのに、こちらに気がつかない。すると、霧生は突然独り言を言い出した。

「ねぇ、空は飛べるの?」

そして、少し間が合った後、霧生は嬉しそうに笑って、また話し始めた。

「マジで?俺も飛んでみたいなー。気持ちいいんだろうなー。前に白い羽根をくれたじゃん。なんかあれが嬉しくて、それから思ってたんだよねー。この街を思いっきり飛んでみたいって」

「おい?霧生?何喋ってるの?飛んでみたいって、おまえ、トビまくってるじゃん」

それでも霧生の反応がないから、大悟は霧生の肩をつかんで、もう一度名前を呼んでみた。

「おい!シカトしてんじゃねーよ。何一人でキマってんだよ!」

「ん?あ、大悟か……」

「大悟かじゃねーよ、おまえ、何一人キマってるんだよ!」

「キマってねーって、シラフ、シラフ、超シラフだよ。オマエ、いつからいたんだ?」

「さっきから呼んでたじゃん。っていうか、オマエ何?幽霊と話してたわけ?」

「幽霊って言うなよ、失礼だな。俺、超頭いいんだぜ、ピアノで会話できるの。見てただろ?彼女が鍵盤叩いてるの」

「は?べつに。俺には何にも見えなかったし、聞こえなかったぞ。ただ、オマエが一人でブツブツ言ってただけだった」

「何言ってるんだよ、ちゃんと聴いとけよ。サイコ、ちょっと鍵盤鳴らしてみて」

しかし、大悟には何にも聞こえなかった。むしろ、そんな霧生の姿を見ているのがかわいそうに思えてきた。

「な?聞こえただろ?」

「オマエ、やべーよ」

「何?オマエ聞こえなかったの?」

「って言うか、忘れるところだった。俺、オマエ殴りに来たんだった」

「オマエ、何チョウシくれてんだ?何で俺が殴られなくちゃいけねーんだよ」

「わからん。けど、彩子の事で」

「なんだよ、あれから会ったのか?」

「おう、今さっき会ってきた」

「ケリがついたんか?」

「まぁな……」

「……仕方ねーなー。一発だけだぞ」

その言い草がまた大悟を刺激して、大悟は完全にキレタ。そして、立ち上がろうとする霧生を殴ると、ブルース・リーのまねをして、なぜか霧生を挑発した。そして、やっぱりフタリともバカだから、それから少しだけ下らなくなって、結局フタリで殴り合っていた。だけどその時、大悟にも聞こえたんだ。ピアノから流れる旋律。なんだか悲しくなって、そしてそれが無意味だとわかって、十代と言う勢いを完全に止められた。その驚いた大悟の顔を見て霧生が言った。

「な?」

「うん……」

「で、彩子は何だって?」

「オマエに惚れたって」

「は?」

「なんかよー、オマエのソウルメイトなんだと」

「ハハッ、あいつも相当やべーな」

「って言うか、俺らもな。なぁ、オマエ、輪廻転生って信じる方?」

「あの、前世がどうのこうのって言う奴だろ?また生まれ変わるだとか」

「オマエよく言ってただろ?俺にはいつも欠けているものがあるって。双子の妹。彼女のソウル、彩子がそうだって」

「は?妹が?じゃー、彩子のソウルは、ひょっとして?」

そう言って、霧生は自分の隣を指した。そして、大悟が静かに頷いた。

「じゃー、俺帰るわ。後はおまえが良く考えな」

「マジで?もう帰るの?コーヒーくらい飲んでいけよ」

大悟は「煙草一本くれ」といって、ドクロの絵の描いてある煙草に火をつけて帰ってしまった。

 

大悟は部屋の灯りを落とすと、ロウソクを部屋に灯した。その明るさは六畳間を照らすのに不十分くらいの明るさで、少しだけ翳ってオレンジ色に大悟の顔を揺らいだ。そのデジタル音と宇宙空間を漂うような音が覚めると、やがて遠くの方から何人かの子供達が静かに歌う歌が耳元に入ってくる。そんな音を聞きながら、大悟はケムリを体の中に取り入れると、少し息を止めてそれを堪能した。そして、体が少しずつ前へ後へ上下しているんだけれども、全くその感覚に本人は気づいておらず、黙々と、その幻想の中に入っていった。そして、本人の希望通りに事が運んで、完全にキマってしまうと、今度はやがて違う世界の中にいた。そして、音楽がやむと、急に静かになって少し我に返る。そしてやっと、辿り着いた。

 

「ひょっとして、君がサイコ?」

「うん、そうだよ」

「マジで?何で見えちゃってるわけ?俺、吸いすぎて死んだのか?って言うか、メチャメチャかわいいじゃん」

大悟は、もう何がなんだかわからなくなって、それでいて自然に目の前の女性と話しているのを不思議に感じなかった。

「あ、そうだ。今日聞いたんだけど、サイコの本当の体は、彩子なんだって?」

「うん」

「そうかー、大変だなー、オマエも色々あったんだなー。でも、じゃー、何で、幽霊の形も彩子と同じじゃないの?」

「うーん、何でだろうねー。私も良くわかんないや」

「まぁー、いっか。で、何でうちにいるの?霧生のところにいなくていいのか?」

「ちょっと頼みたいことがあってね」

「何?」

「私と霧生が一緒になるにはどうしたらいいと思う?」

「そうだなー、彩子の体を取り戻すか、霧生がトブか、死ねばいいんじゃない?」

「って言うか、当たり」

「マジで?当たっちゃった。まさか、殺してって言うわけじゃないだろうなぁ?」

「だって、それしかないじゃん。彩子には断られちゃったし」

「じゃー、俺が死ぬから、俺と付き合ってよ」

「嫌だ」

「じゃー、誰か紹介して」

「それも嫌だ。って言うか、まぁいいや。じゃーね」

そう言うと、大悟の目の前からサイコは消えた。

「おい、ちょっと待てよ。マジで?何だよチクショー!あぁーあ、またフラレたじゃん…」

そして目覚めたら、いつもの朝で、少し頭がクラクラするだけだった。

 

 

Epilogue with Junkies

 

大悟は彩子をデートに誘った。厳密に言うと、勝手に天使を買って出た。バーへ飲みに行こうと誘うと、別に彩子は断ろうとはしなかったので、このまま奪ってしまおうかと思ったけれど、やっぱり霧生のことが気になった。そして、霧生がいつも弾いているラウンジへ彩子を招待した。ラウンジといっても、大して高級感があるわけでもなく、ただのバーと言った方がいいだろうか。週に二回ほど、霧生はここで演奏している。先輩がやっている店で、その紹介で霧生はここで弾くことになった。大悟と彩子は始め、霧生が演奏している間気づかれないように酒を飲んでいた。そして、ふとカウンターを見ると、そこにサイコがいるのに気がついた。

 

「やっぱりあいつもいるんかよ」

そう言ったのは大悟で、その言葉に彩子は驚いた。

「あれ?見えるの?」

「あぁー、一昨日からな」

「何で?」

「俺もよくわからないけど、家でクサ吸ってたら、なんか見えちゃって」

「は?そう言うものなの?」

「それでいいんじゃない?」

「じゃー、霧生にも見える可能性があるって言うこと?」

「そうじゃないかなぁ。でも、まだ見えてないみたいだぜ。ピアノで会話するのに必至になっていたからなぁ」

「ちょっと、その話し霧生には言わないでよ」

「何で?」

「見えちゃったら意味ないじゃん」

そこで大悟がサイコを呼んだ。

「おはよ」

「おはよ」

「オマエ、この間、勝手に消えるなよ。おう!って言うか、マジ見えるなぁ」

「そうみたいだね。霧生だったらいいのに」

「あ、それめちゃ傷つく。って言うか俺、彩子応援派だから」

「何で?あんた彩子のことが好きなんじゃないの?」

「まぁな、好きだから応援してるんだよ。オマエ、この気持ちわかんねーの?」

「わかんない」

「まぁ、オマエにわかんなくてもいいよ。まぁー、かわいい子紹介してくれたら、オマエ派になってあげてもいいけどな」

「考えておくわ」

そこで霧生の演奏が一つ終わった。そして、飲物を取りに来るとこちらに気がついて、手を上げた。

「何だよ、フタリともいつ来たの?」

「あ、やっぱ見えないわけね」

「何が?」

「彼女」

そう言って、まるでそこに人がいるように大悟は手を向けた。そこにはサイコがいるはずだった。

「オマエ、おまえひょっとして、見えた?って言うか、見えてるの?」

「まぁね」

「マジ?なぁ、かわいいんか?」

「霧生そればっかりじゃん」

そう言ったのは彩子だった。

「って言うか、マジかわいいよ。俺、応援するわ」

「ちょっと、あんた調子よすぎ!」

「まぁ、何にせよ、後でな。リクエスト入ってるから。じゃーな」

そう言って、霧生は行ってしまった。

 

「いいか、このMD貸してやるから、これで部屋暗くして、ロウソクつけろ。で、吸うんだよ。吸って、あ!俺、ヤバイかも!っていう時に耳を済ましてみろ。世界が開けるぞ」

「マジ?で、何?オマエはサイコが見えたわけ?」

「そうなんだよ、霧生ちゃん。これ、マジ!」

「っていうか、別にたまに吸ってるけどなー、全然見えないぞ」

「バーカ、オマエのとは純度が違うんだよ。見ろ、持ってきてやったぞ、こーれ、おまえ、この色ヤバクねー!超エメラルド、こんなミドリ色見せられたら、これだけでトブっちゅうの!」

「うわっ!マジやべーじゃん。どったの、これ?」

「俺が手塩にかけて、後輩の家の押入れで栽培したんだよー。大変だぞ、気圧こそいじれねーけど、その他はばっちりエクセレントな状態だし」

「おう、マジアリガトウな。見えた暁にはあのドデカイウォーターポンプやるよ」

「いや、いや、礼には及ばんよ。せいぜい、派手にトンデくれ」

そう言って、霧生は大悟の部屋を後にした。大悟はやっぱり彩子が好きだった。それが一番ハッピーじゃん。ひとり勝手に、大悟はそう思っていた。

 

 

 

Previous Life

 

霧生は早速その条件に満たして、ケムリを吸い込んだ。長く息を止めて、それを吐き出して、それを繰り返した。それは、ほんの五口くらいでよかった。デジタル音がはじき出されて、無重力を彷徨って、子供の声が木霊すると、霧生はこのままここにいてもいいと思った。そして、その瞬間、何かの呪縛が解ける。

 

「霧生?霧生?起きて」

「え?今何時?」

「もう、八時だよ」

「もうって……。え!八時?」

「やばっ!そっか、今日早いんだっけ?」

そう言って目を開けて我に変えると、なんだか眩しい。そこにおいてあった入れたてのコーヒーに口をつけると、ドクロの絵の描いてある煙草に火をつけた。そして、眠たげな目を半分とじていると、声がする。

「ほら、ちゃんと起きて、タバコ持ったままじゃ危ないでしょ?」

そして、言われるがままに煙草を灰皿で粉々に消すと、コーヒーをもう一口飲んで、霧生は立ち上がった。そして、ピアノの前に座ると、曲を弾き始めた。そして、その旋律をサイコは横で聞いていた。

「何て曲?」

「昨日作ったんだよ。で、今忘れてないか弾いてみた」

「何か、ちょっと悲しいね」

「詞も書いたんだよ」

「題名は?」

「白い羽根……」

キリオはそこでサイコにキスをした。

 

或る日誰かが僕に白い羽根をくれたらいいな。僕は君を誘って空からこの街を見下ろすのにな。

誰も知らない世界で誰も知らない呼吸をして。僕は君と静かに一つになれたならいいのにな。

 

あれ?俺?泣き崩れてる?

「ファック!ファック!ファック!」

あー、何て悲観的。これは空想?俺の手の中で、君は血まみれになって死んでいた。どうやったら平和な日本でこんな死に方するんだよ。

「ファック!ファック!ファック!」

俺は確か、この後君を追って、死んでしまったんだ。そして、薄れていく意識の中で目を開けて、そこに………。

 

 

 

Epilogue with Soulmates

 

「サイコ?」

「うん、そうだよ」

「あれ?俺、完全に飛んでいたのか?で、やっと、君に会えた」

「うん、やっと会えたね」

「あれ?泣いてるのか?」

「うん、ちょっと…」

「思った通り・・…」

「思った通り?何?」

「って言うか、かわいいじゃん。ねぇ、一つになれるってこう言うこと?」

「ちょっと違うけど、これもそうかな?」

「でも、会えた」

「ねぇ、霧生は死んだりするの怖いと思う?」

「何だよ、突然。そりゃ怖いさ」

そう言って、霧生は苦笑いをした。

「そうだよね、うん、そうだよ。それが自然……」

「ちょっと待て、俺さっき……」

「どうしたの?」

「うん……ちょっとだけね、ちょっとだけ、夢を見ていたんだ」

「どんな?」

「俺の手の中で一人の女性が血まみれになって死んでいた」

「誰?」

「そう、君によく似た……………ハッ!マジ?って、何がー!って言うか、どっちが?」

「何を言ってるの?」

「ご、ゴメン。って言うか、何か、どれが現実かわからなくなって……」

「ねぇ、死ぬのが怖い?」

「何か、もうわかんないや」

「そっか……」

「そっか…って?」

「キリオ?」

「何?」

「あのね、あなたもう死んでるよ……」

 

そうだ。俺は確か、あの後君を追って、死んでしまったんだ。そして、薄れていく意識の中で目を開けて、そこに………。そこに、大悟が立っていたんだ。

 

「そして、次の瞬間、俺と大悟は明け方の牧場に立っていて、飛ぶことに必至になっていた…。そして、飛んでしまうと、俺は、今度はこの夢に堕ちていたんだ」

「ねぇ、もう、そんなのいいよ。死んでしまったんだから仕方ないじゃない」

「それも、そうだな……やっとこうして、おまえと再会できたんだから……」

 

 

 

Epilogue with Rascals

 

「おい!霧生?……なぁ、おいって、戻って来いよ」

そう言って、明け方の牧場で一人ドクロの煙草を吹かしながら、そこに倒れている俺に呼びかけている大悟がいた。

「霧生?マジで?マジ?マジ?………」

そして俺が返事をしないもんだから、大悟は無言で煙草を吸いつづけて、そして遠くの明るくなる方の空を見上げていた。

「あーぁ、シラケたな……」

 

そうか、俺はどこかを彷徨いつづけて、そうか、無駄死にだったんだ。

 

それから、俺の告別式が行われた。大悟が喪服にサングラスで現れると俺の焼香にポケットからクサのカケラを入れやがった。それでもサングラスを外せないのは、きっと泣いているんだろう。参列者達が続々とそこから出てくると、俺の写真を抱いた、彩子が俯いて泣いている。きっと彩子はこれから、何かが欠けていると嘆きながら恋をしたりするのだろう。

 

きっと、死に行く淵で走馬灯を見れなかったのは、俺くらいかな?少しばかり、変な夢を見すぎた。大悟が言っていたっけ、輪廻転生がどうのこうのって。あれって本当かな?生まれ変わったら、次は何も欠けることのない、素敵な人に生まれ変わりたい。

 

出来れば生まれ変わる前の、サイコとキスを欠かさなかった日々に………。

 

 

 

Epilogue with Addicts

 

「ファック!ファック!ファック!俺にそのオマエの首にぶら下がった、真っ赤なインディアン調のネックレスをくれ!」

 

そんなふざけた歌に合わせて、ベッドのスプリングが小刻みに揺れる。この小汚い部屋で、それはあくまでも波打つ。やがて無様な揺れに変わると、男は果てようとするばかりだ。やがて一瞬の激しいリズムの後、その小汚い部屋の風は止まった。交尾はそこで終了した。

 

女性の手がシーツの隙間から伸びると、そこにあったティッシュペーパーを何枚かわしづかみにした。そして、なにやらごそごそと動いた後、中から男が立ち上がる。それでも下手に捲れあがったベッドの上で、二人の顔はまだ見えない。男はそこに落ちていたジーンズを履くと、ベルトをカチャ、カチャと音を立てて締めた。そしてそのヴィジョンが男の手の先に行くと、男はドクロの絵の描いてある煙草をつかんで、そして、中から一本取り出して、それに火をつける。空気は更に汚れて部屋中がバッドになっている。男の手先だけのヴィジョンがキッチンの方へ移動すると、男は冷蔵庫から牛乳を取り出して、それを飲んだ。その時「シュッポ」っと言う音がして、女もケムリを吸い込む気配がした。オマエらいつまでラリってんだよ!その時ビジョンはベッドの上を見せていて、そこから一筋の煙が天へ昇った。そして、女が顔を見せた。

 

そして、サイコは不適に笑った。

 

 

 

「白い羽根」

 

冷たい音を立ててピアノと話をしている、そんな君が好きだから後から抱きしめた。冬の終わりの光の中で、君と僕は呼吸を止める。何か別の物語のようにキスをしよう。

冷たい煙の中で、真っ白な空の中で、「空気みたいになれればいいな」そんなことを呟く。どんな花が咲けばいいの?春はすぐそこまで来ているから。とにかく花が咲けばいいの、冬の終わりに。

或る日誰かが僕に、白い羽根をくれたらいいな。僕は君を誘って、空からこの街を見下ろすのにな。

夜が僕等を変える。透明なものを探す。二人は幼くなくても、想像家にはなれる。寝静まったこの街のどこかで、誰かが空を見上げている。天使がそこに舞い降りてきて、白い羽根をくれる。

誰も知らない世界で、誰も知らない呼吸をして、僕は君と静かに、一つになれたならいいのにな。

或る日誰かが僕に、白い羽根をくれたらいいな。僕は君を誘って、空からこの街を見下ろすのにな。

冷たい音を立ててピアノと話をしている、そんな君が好きだから後から抱きしめた。