沈黙の詩人達・1



 あれは遡る事、四年前。
 俺は十七という若さを持て余し、勢いだけを糧に過ごしていた。
 時に若さはいわれのない自信を運んで来る。
 そして、そんな自信を持ってしまった故、自己の主張を高め他人の言葉を頑なに拒絶してしまう。
 簡単に言えば、若さとは自らの意志を主張する事だった。
『俺は正しい。お前は間違っている』と他人に指を突きつける。
 相手の言葉の真実性なんて、一切関係ない。
 答えはいつも自分の中にあって、それだけが正しいと誰もがそう信じている。
 やがて、そんな想いを共有する仲間を見つけて、グループを形成し自らの想いをより強く増大させていく。
 そんな偏った思想が視野を極めて狭め、自らを縛っている事など知る由もない。
 俺達は無知だった。
 世間知らずだった。
 そして、何より幼かった。
 ただひたすら、俺達は目先の自由ばかりを求め続け、個人の意志を尊重する事も忘れ、反対される事の無い輪の中で甘んずる事に慣れてしまった。
 仲間がいるからこそ、俺はここにいる。
 自分がいるからこそ、仲間はここにいる。
 その想いは日増しに強くなり、異常なまでの信頼関係を求める様になっていた。
 理解という名の自己の尊重。
 自由という名の社会とは隔離された時間。
 それは俺達にとって唯一の安らぎであり、知られざる恐怖でもあった。
 その為、一方的な教育論理や思想、社会的な常識などをこれみよがしに押し付けてくる大人達を、俺達は全く理解しようとしなかった。
 そう、俺達は言葉同様に、『大人』と『子供』の間に見えない壁を造りだしたんだ。
 心という最も繊細なガラスの城を守る為に....
 言葉を知らない俺達は白い目で見られ、時に必要以上罵られ、馬鹿にされ続けた。
 言葉の扱いがうまく出来ない、ただそれだけの理由で....
 俺達はその度、悩み、怒り、拳を高く上げては迷っていた。
 そして、そんなある日の事だった。
 夏の夜。
 俺は仲間達と公園でいつも通り騒いでいたんだ....




 十時過ぎ。
 夜の公園。
 俺は仲間達と人目も気にせず騒ぎ散らしていた。
 青々と生い茂った木の隙間から漏れる月明かりが、俺達の姿を照らし続ける。
 その日、仲間は俺を含めて八人いた。
 そして、その中には俺の彼女の姿もあった。
 習慣とでも言えばいいのだろうか。
 俺達は事あるごとに集まっていた。
 ある時は誰かが何らかの理由で落ち込んでいる時に、またある時は誰かの笑顔につられて。
 俺達は共に悲しみを分かち合い、共に喜びを感じ合っていたんだ。
 心から仲間を大切に想う事で、俺達は無二の存在を改めて実感することが出来る。
 必ずしもその想いは相手に伝わり、自分は独りじゃないとみんな信じていたんだ。
 その日の夜も、改めてそんな事を気付かせてくれた。
 集まった理由はたあいのない事。
 仲間の一人が親と揉めたのが原因だった。
 やるせない気持ちで一杯だったそいつは、突然俺達を呼び集めこの公園に連れ出した。
 自分の苛立ちをみんなにわかってもらう為に。
 誰もが個体であって、そして誰もが無二の存在だ。
 一人の為に、みんなが犠牲を返り見ず手を差し伸ばす。
 俺は本心からその行為を疑う事もなく誇りに思っていた。
 しかし、その夜はどうだ?
 いや、その夜に限らず、少し前から俺は言い様のない複雑な想いを抱えるようになっていた。
 ーこの想いは一体?
 答えなんてどこにも見あたらなかった。
 俺はそれ以上考える事をやめ、近くであれこれ言い合っている仲間達の声に耳を傾ける事にした。

「いい加減、頭に来る。なんだってあいつ等大人は、俺達の心を土足で踏みにじるんだ?一体俺達を何だと思ってやがるんだ!」

 仲間の大きい声が夜の公園に響き渡る。
 やがて、その怒声を引き金に次々と怒りのこもった言葉が投げかけられた。

「そうだ!あいつ等は俺達の事なんて、ちっとも理解する気がないんだ!」
「あいつ等が気にするのは、いつも世間体だけなんだ!あいつ等は結局その為に俺達を利用したいだけなんだ!」
「絶対にあいつ等の言葉なんて聞くもんか!俺達はもうガキじゃないんだ!」
「そうだ!そうだ!」

 声は次第に勢いを増し、みんな力の限り叫んでいた。
 そして....

「嫌な事なんて忘れちまおう!みんな今が楽しけりゃそれでいいじゃん!」
 と、仲間の一人が誰よりも力強い声で叫ぶ。
 もうその後は、どんちゃん騒ぎの宴会だ。
 みんな、言葉通り嫌な事など忘れて、思い思いに騒ぎ出す。
 俺達にとって、『今が楽しければそれでいい』という言葉は、どんな厄介な心の病でもあっという間に治してしまう魔法の特効薬だった。
 しかし、今の俺には全くと言っていいほど、その効き目を感じる事は出来なかった。
 なぜなら、心の片隅にひっそりとたたずむあの複雑な想いは、消えるどころか益々その存在を強めていたんだ。
 俺は恐怖を感じた。そして自分の中に生まれた未知なる者に、心と体を少しずつ蝕まれていく錯覚を感じていた。
 目の前で騒ぎ続けている仲間達の元を離れ、俺はふらふらと公園の池沿いに設置された木製のベンチへと腰を下ろした....




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