沈黙の詩人達・9



 俺達はどうしようもなく弱い。
 だから俺達はどんな時だって周りを気にしながら生きている。
 近くに敵や障害はないだろうか、近くに味方や道標があってくれないだろうかって目を配り続ける。
 でもそれは誰の為でもない、結局は弱い自分を守る為なんだ。
 人の弱さは時としてそれ以上の強さを生む。
 しかし、その強さも時としてそれ以上の弱さを人に生みつける事がある。
 だから俺達はその度に、自分の弱さを認めその為の正しい方法を見つけ出さなくてはいけないんだ。
 ー俺にも深月の気持ちが痛いほどよくわかる。
 だけど、その気持ちに嘘をついては駄目なんだ。
 そんな時だからこそ、俺達は曲がらないように真っ直ぐ進まなくてはいけないんだ。
 そう、この事は他ならぬ深月に教わったのだから....

「なっ、だから無理なんてしないでどんどん話してこいよな。こんな俺にだって、話を聞く事ぐらいできるからさ」

 俺はそう言い終えると、夜空を見上げた。
 頭上からはすすり泣く声が微かに聞こえてくる。
 目を細め遠くの月を見つめながら、俺は深月が泣き止むのをじっと待っていた。
 それから少しして、ようやく深月の泣き声は聞こえなくなった。
 俺はくわえていた煙草の火を消し、頭上に軽く視線を移す。

「ありがとう」少しばかり掠れた声で深月は言った。
「何て言えばいいか....葵さんと話せて本当によかった」

 正直、俺にはその言葉だけで十分だった。

「なんか、俺もさっきは偉そうな事さんざん言ったけど、本当は俺が一番誰かの手を探し回っているのかもしれないしな。とにかく、これからもはお互い頑張ろうな」
「はい」
「それと....」俺は言葉を付け足した。
「よかったら、深月がつくった詩聞かせてくれないかな?」
「えっ?でも....」

 深月は少し躊躇している様子だった。

「でも?」

 俺は再び問い返す。
 短い沈黙の後、ようやく深月が口を開いた。

「聞いてもらえるのは、とても嬉しいです。でも、その....そんなに立派な詩ではないですけど、それでもいいですか?」
「大丈夫、そんなに心配しなくていいよ。俺はただ、深月がつくった詩を聞いてみたいだけなんだからさ」

 俺は正直に言った。
 そして、深月の返事をひたすら待つ。

「わかりました。でも、可笑しくても笑ったりしないで下さいね」
「もちろん。絶対に笑ったりしないよ」

 俺はそう強く断言した。

「では、一つだけ詩を詠みますね....」

 深月の声が静かに闇夜へ消えていくと同時に、俺は軽く頷いた。
 冷えきったベランダの中で、深月の詩に対する関心が高まっていく。
 辺りは思いのほか静かだった。
 風は囁きかける様に流れ、夜空の星達は揺れる淡い光を放ち、月に至ってはステージを照らすライトの様に、いつにも増して輝かしい月光でこのベランダを照らしだしている。
 俺は胸を踊らせていた。
 この不思議な光景に、やがて聞こえてくるであろう深月の詩に。
 ー深月は何を想い、どんな言葉を残したのだろう....
 その全ては、もうすぐ知る事が出来る。
 俺は耳を澄ませ、詩が聞こえてくるのをただ待ち続けた。
 そしてしばしの沈黙の後、とうとう深月はゆっくりと口を開いていった。
 甘く切ない深月の声が、夜空高くへと響き渡っていく....




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