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文藝春秋、1571円+税、長編小説。
北関東新聞のベテラン記者である悠木和雅は、1985年夏同僚の安西耿一郎に誘われ、難所として名高い谷川岳の衝立岩に挑むことを計画する。
しかし、悠木はその約束を守ることが出来なくなってしまう。
何故なら、出発の日に、未曾有の飛行機墜落事故が発生—悠木は、社内で「全権デスク」に任命されてしまったからである。
ところが安西もその日、約束の山に向かわず、謎を残したまま、思いもつかない歓楽街で倒れ、意識不明になってしまう。
悠木は安西を気にかけながらも、日航機墜落事故に敢然と立ち向かうのだが…。
著者は大学卒業後、上毛新聞社に入社。
12年間の記者生活の中で大きなウエイトを占めたのが、本書で扱った日航機墜落事故である。
当時、現場となった御巣鷹山に赴き、1ヶ月半を過ごし、大量の記事を書いたという。
しかしながら、あまりの大きさの事故ゆえ、「手も足も出なかった」と回想している。
この体験を基に、完成したのが本書である。
取材する記者、新聞を作る過程、編集、広告、販売と、実際の現場を知らなければ決して描けない程の、緊迫した場面や騒然とした空気が見事に描写されている。
またその一方で、親子—父と息子—の心のすれ違いや、通い合いも同時進行で描かれ、作品の幅を広げている。
文藝春秋、1429円+税、短篇連作集。
警察小説というと、血なまぐさい事件を追って、謎解きと犯人及び動機を探る…が定石だが、この作品は趣がこれまでの警察小説とは全く異なっている。
事件は警察の外ではなく、全て内部で起こったことを採り上げているのだ。
舞台はD県警察本部—警務部の各課で日々、発生する警察内部の事件や出来事を、それぞれの立場からの駆け引きや、人間心理の微妙な綾を絡めながら、描いた秀逸な短篇集。
表題作「陰の季節」は、警務部警務課で組織運営の総合企画を担う警務課調査官である、二渡(ふたわたり)真治を中心に描かれている。
二渡は、人事担当に関わり続けており、この日も定期人事異動の名簿作成作業の大詰めを迎えていた。
そんな激務の中、警務部長の大黒から新たな難題を持ちかけられる。
三年前に刑事部長を最後に勇退した大物OBである尾坂部が、天下り先ポストを辞めずに留任したいという、通常ではありえない話であった。
後任人事も既に決まっており、尾坂部の真意を探り、辞意を表明するよう命令を受けた二渡は、尾坂部のもとに向かうのだが…。
第5回松本清張賞受賞。
[収録作品名]◇陰の季節 ◇地の声 ◇黒い線 ◇鞄
双葉社、1700円+税、短篇集。
それぞれ趣の異なる短篇を5編収録しているが、いずれも読み応えのある作品ばかりである。
主人公たちの心理状態や、犯罪の背景などが丹念に描かれ、最後に大なり小なりのどんでん返しを含む結末には唸らされた。
どの短篇も、ページを捲るのがもどかしいほど堪能できるものばかりである。
特に人口一万二千人の山村で村長選挙に出馬した、主人公樫村の疑心暗鬼に駆られた心理状態を描くミステリー「18番ホール」は秀逸。
(2003.6.5初版発行)
[収録作品名]◇真相 ◇18番ホール ◇不眠 ◇花輪の海 ◇他人の家
講談社、1700円+税。
アルツハイマー病に冒され、人間として完全に壊れる前に殺して欲しい—懇願する妻を自らの手で扼殺した警察官、梶聡一郎。
全ての容疑を認めながらも、犯行後から自首するまでの空白の二日間については、一切口を割ろうとしない「半落ち」状態。
取調官、検察、新聞記者、弁護士、裁判官、刑務所処遇部門…梶と接点をもった、それぞれの部署で、さまざまな人間が梶の内奥に迫ろうとする。
「人間五十年」—と記した書をしたため、自らも妻殺害後、死に場所を求めて彷徨った梶が、頑なまでに守ろうとしたものとは一体何なのか…!?
「命」の絆、「生きること」の大切さをも語りかける、感動作。
(2002.9.5初版発行)