〈瀬尾 まいこ〉
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マガジンハウス、1200円+税。
自らも教師である著者のみずみずしい感性が光る物語。
早川清(キヨ)は、胸の内にある屈託を抱え、海の見える地方の小さな高校で講師になった。
しかも担当教科が国語でありながら、国語が得意なわけでもないし、文学には全く興味がないのが本音。
そんな清が文芸部の担当顧問になってしまう。
部員は垣内クンただひとり—その部長兼部員でもある垣内クンに、山本周五郎や漱石の面白さを教えてもらいながら、部活動を
続けていくのだが…。
四角四面で、その名の通り、清く正しく生きてきた清なのだが、内側に抱える内面の脆さや弱さ、たったひとりの安心できる不倫相手との切ない関係、清を温かく見守る弟…清の心情も、清以外の登場人物もしっかり描かれている。
日常のさりげない描写にハッとさせられることもしばしば。
読後感が何とも清々しい1冊である。
(2003.12.18初版発行)
マガジンハウス、1400円+税、中篇2編収録。
本書タイトル「卵の緒」は、第7回坊ちゃん文学賞大賞受賞作。
育生にはお父さんがいない。
お母さんと二人暮らしだ。
育生はずっと小さい頃から、僕は捨て子じゃなかったのかと疑っていた。
小学4年の担任の先生から、ある日育生は「へその緒」の話を聞いた。
何でも「へその緒」はお母さんと子どもを繋いでいるらしい。
しかもお父さんがいなくっても、ちゃんと家にあるはずだということなのだ。
さっそく育生は、お母さんに「へその緒」を見せてもらうのだが…。
育生とお母さんの関係がすごくいい感じ。
私だって、育生と一緒にいたら、ぎゅっと抱きしめてしまいたくなる。
違和感のない、居心地の良さ、そんな空気を満面にたたえた作品だ。
もう一つの書き下ろし「7's blood」は、異母姉弟の物語。
こちらは片親きりの血の繋がりという絆をよりどころに、姉と弟が奏でる痛々しいまでの居心地の良さを描いている。
何だか切なくて哀しくて、いとおしくなる。
血の繋がりという接点では、正反対に位置するはずの2作品だが、温もりという点では立場が逆転してしまう。
光と影—どちらもA面に相応しい出来映えである。
[収録作品名]◇卵の緒 ◇7's blood
(2002.11.21初版発行)
新潮社、1300円+税別。
誰も私を知っている人がいないところ、そこでなら本当に終わりにできる—山田千鶴は、そう固く決心し、北へ向かう列車に乗り込んだ。
そうして辿りついた終着駅。
あてもなくタクシーで、町中を走り抜けて、最後に木屋谷という集落で1軒だけの民宿へ。
人間関係に疲れ、仕事に絶望し、千鶴が決心したこと—静かに死にたい、という決意。
あえなく自殺は失敗に終わるのだが、民宿田村や、村の人々との交流がやがて千鶴に新たな力を与えていくのだが…。
ひとりの若い女性の癒しと再生の物語。
等身大の女性が素直な筆致で描かれ、民宿田村をたったひとりで切り盛りする、青年田村とのコミカルなやりとりも楽しい。
作品を通じて、感動や驚き、仕掛けといったものはないのだが、自分の日常を見つめ直すきっかけのように、ある意味新鮮な目線で読める作品なのではないだろうか。
(2004.6.20初版発行)
講談社、1400円+税。
平凡な少女、佐和子の周辺は、ちょっとふつうではない。
冒頭でいきなり「父さんは父さんを辞めようと思う」発言をし、かつて自殺未遂をした父。
そんな父のそばにいることに耐えられず、家出し、一人暮らしを始めた母。
超エリートの天才児でありながら、大学受験を放棄した兄。
そして高校受験から大学受験までの主人公佐和子とその家族、友人、恋人たちを描いている。
第26回吉川英治文学新人賞受賞作。
悲しい出来事や、つらい事件がさまざまに起こるのだけど、瀬尾さん流の温かさがいっぱいに満ちあふれている。
特に最後に起こった出来事は、物語とはいえ、涙があふれて止まりませんでした。
何度でも読み返したくなる、そんな作品です。
(2004.11.19初版発行)