〈貫井 徳郎〉
書名&たまえもん度★をクリックすると「たまえもん書評」が表示されます
東京創元社、1900円+税。
佐伯警視は、義父に警察庁長官、実父は元法務大臣の隠し子とも噂され、キャリア組の出世頭でもあった。
強力な後ろ盾がなくても、佐伯警視の切れ者ぶりは、庁内でも突出していた。
そんなエリート中のエリートが、自ら望んで得たポストといわれているのが、現在の警視庁捜査一課課長のポストであった。
周囲のさまざまな思惑と色眼鏡で見られる環境の中、都内で連続幼女殺害事件が発生する。
佐伯警視が陣頭指揮を執るのだが、やがて事件は膠着状態となり、佐伯の責任問題へと発展していくのだが…。
一方、胸に虚ろな穴が空いたかのように心の病を抱えるひとりの男性は、救いを求めるかのように、ある新興宗教の門をたたき、信仰へとのめり込んでいく。
佐伯警視と、新興宗教とが並行して描かれる展開。
その中で際だつのは、やはり主人公佐伯の、孤独と絶望である。
世の中には、誠実にしかも真摯に生きながらも、人生の暗黒スポットにはまることもあるのだと、暗鬱な気分にさえ陥った佐伯の、まさに慟哭が聞こえるようだ。
(1993.10.15初版発行)
講談社、820円+税、短篇連作集。
頭脳も美貌も態度(いろんな意味で)も、スーパーな安楽椅子探偵、吉祥院慶彦の明快な推理が楽しめる短篇連作4篇が収録されている。
吉祥院の後輩で警視庁捜査一課の桂島刑事とのやりとりも、楽しく軽快。
[収録作品] ◇被害者は誰? ◇目撃者葉誰? ◇探偵は誰? ◇名探偵は誰?
(2003.5.7初版発行)
実業之日本社、1800円+税。
国文学者であり、また大学の非常勤講師である松嶋は、夫婦喧嘩の最中に実家に帰ってしまった妻、咲都子を、仲直りせぬまま事故で喪ってしまう。
そのときから娘の里菜も、妻の実家であり、職場の上司にもあたる麻生教授のもとに預けられたままだった。
空虚感をかかえ、義父母との関係もぎくしゃくした日々を過ごしていたが、ある日松嶋の元に、増谷と名乗る一人の男が現れる。
彼は昭和二十年代に、わずか5作品のみ残し、自ら命を絶った、佐脇依彦の未発表手記を世に発表してほしいという依頼だった。
国文学者として、願ってもみない機会に、松嶋はその依頼を即座に引き受けるのだが…。
本書は、松嶋を主人公にした物語に、佐脇依彦の手記がまるまる挿まれるという形で、手記そのものも一編の短篇作品を読んでいるようで充分読み応えがある。
しかもその手記をめぐって、物語は思いもかけない方向へと進んでいく。
まさに1冊で2度おいしい本だと思える。
物語の着地点としては、やや不満もあるのだが、ラストページには思わずほろりとさせられた。
(2004.7.25初版発行)
実業之日本社、1600+税。
小学5年担任のミツコ先生が何者かに殺されるという、ショッキングな事件が発生。
しかも睡眠薬入りのチョコレートがミツコ先生の元に届けられており、その送り主はなんと同じ学校の南条先生だった。
ひとりの小学校教師の殺人事件を巡って、教え子生徒たち、同僚教師、元彼、不倫相手などが、それぞれの立場などから、真犯人仮説を組み立てていく物語。
結局、真犯人は○○なのだろうが、あくまでも真相を巡る仮説課程を楽しむものである。
著者あとがきでも、ミステリの始祖エドガー・アラン・ポーの3つの短篇から生まれた本格ミステリの流れのひとつ、第三の作風を継ぐもの、とあり、「最終的な結末があまり重要視されない」ミステリが本書である。
思わず納得しつつも、最終結末がどうであれ、新しい楽しみ方が味わえる1冊だと納得。
(1999.10.25初版発行)
双葉社、2200円+税。
「失踪症候群」「誘拐症候群」に続く、症候群シリーズ第3作。完結編ともいえるが、実はそのことは読み終えるまで知らなかった。
しかしながら読んでいて、全く違和感なく、本書だけでも充分読み応えのある、重厚な作品である。
さまざまな登場人物が、それぞれの視点で語られ、最後には一気に物語が集約されていく。
第一の視点は、梶原や牧田といった理不尽な被害者たち。最愛の家族を理不尽な暴力で一方的に奪われながら、加害者が未成年あるいは精神障害であるがために罪を償ってもらえず、救いがたいほどの虚無を抱える人々である。
第二の視点は、響子と渉。響子自身は、第一の視点の人々と同じようにかつて最愛の恋人を理由もなく殺され、かつ自分も暴力の渦に巻き込まれた痛ましい過去をもつ。渉は響子を立ち直らせるべく、彼女のためにだけ生きる決意をした男である。
第三の視点は、心臓移植でしか助からない息子を抱え、臓器をもとめ無差別殺人を繰り返す、和子。
第四の視点は、和子の事件を追いかける刑事鏑木。
第五の視点は、過去のシリーズにも登場した、環を中心とした警察組織以外での特命をおびた武藤・原田・倉持たち。今回は職業殺人者の行方を追う仕事が依頼された。
これだけの登場人物、およびさまざまな事件が幾層にも並行、あるいは交差しながら物語は展開していくが、何度も著者は問いかけている。
「罪を犯した人間が法で裁かれないなら、その被害者たちはどうするのか?」ということを。
重く、しかもたいせつな問いかけであると思う。そういった立場に置かれたとき、現在の法では守られていない、あるいは裁かれない多くの犯罪者の存在が重くのしかかる。
自分がもしそのような立場になったとき、人はどういう決断をするのだろうか?
(2002.2.5初版発行)
幻冬舎、1600円+税。
劇団「うさぎの眼」で舞台俳優を目指す和希は、ある日ひょんなことからひとりの女の子と知り合う。
どこかで見たことのあるその少女・祐里に、和希は奇妙なお願いをされる。
舞台の公演中に、劇団の看板女優の控え室をずっと見張っていてほしいというものだった。
しかしながら和希たちが見張っていたにもかかわらず、当の女優が殺されるという事件が起きてしまった。
和希は祐里自身が、この殺人事の発生をあらかじめ知っていたのではないかと思いはじめるのだが…。
謎に満ちた祐里の隠された真実とは?
不可思議な物語は、東野圭吾氏の「トキオ」にも相通じるものがあるが、「トキオ」は完結したものだったが、本書の場合、和希と祐里のこれからに続く物語があるような気がするのは私だけだろうか?
それにしても「時空」を超える物語って、やはりせつない。
(2004.3.25初版発行)
双葉社、1800円+税。
「症候群シリーズ」第2作。
警視庁人事二課・環の指令のもと、原田・武藤・倉持は、警察が表立って動けない事件だけを解決するために捜査に携わる。
今回は日頃は托鉢僧として、新宿で修行を積む武藤が主人公。
武藤は新宿駅西口地下通路で托鉢の勤めをするために、立ち続けているうちに、同じ場所でティッシュ配りの仕事をしていた高梨と知り合う。
そんなある日、高梨の子供が何者かに誘拐され、身代金引き渡し役として武藤が指名されるのだが…。
一方、都内では、表立つこともなく、子供は無事だが少額の身代金を要求されるという、誘拐事件が多発していた。
まったく色合いの異なる誘拐事件追う中で、新たな事件が発生していく。
「失踪症候群」の続編だが、本書から読んでも全く問題ない。
TV時代劇「必殺」シリーズの大ファンでもある著者が、秘密裡に悪を抹殺する組織を描く作品。
(1998.3.25初版発行)
双葉社、1650円+税。
「症候群シリーズ」第1作。
警視庁人事二課・環の指令をうけ、数々の事件を影で解決してきた3人の男たち—原田・武藤・倉持。
いずれも元警察官であるのだが、それぞれに警察を辞めた理由などはいっさい闇に包まれている。
今回の事件は、成長した娘との確執に悩む父としての原田が主人公として登場。
都内では、若者が何処かへ行方をくらます「失踪事件」が頻発していた。
どの事件にも共通しているのは、「若者が自らの意志で、自分の痕跡を消しながら失踪する」という点であった。
失踪した若者たちをそれぞれ追跡しながら、浮上してきたのは、あるグループだったのだが…。
この症候群シリーズは、どの作品から読んでも、問題なく楽しめる。
3部作で完結してしまったが、できれば短篇でも彼らの活躍を描いたものを読みたいと思った。
(1995.11.25初版発行)