1960年東京生まれ。1987年「我らが隣人の犯罪」で第26回オール讀物推理小説新人賞を受賞。1992年に「本所深川ふしぎ草紙」で吉川英治文学新人賞、「龍は眠る」で第45回日本推理作家協会賞、1993年に「火車」で第6回山本周五郎賞、1999年に「理由」で第120回直木賞受賞。出版不況といわれる今日において、もっとも読まれている作家の一人である。他にも「レベル7」「蒲生邸事件」「クロスファイア」など著書多数。 |
新潮文庫、520円、短編集。
江戸の町は、正体不明の辻斬り「かまいたち」の恐怖で包まれていた。
ある晩、町医者の娘おようは、偶然にも辻斬りの現場を目撃してしまうが・・・。
表題作の「かまいたち」をはじめ、地道に暮らしてきた純朴な宿屋夫婦がふとしたことから欲が出たことで人間の悪意を知る「師走の客」、時代小説でありながら霊能力を持つお初を主人公とした連作短編「迷い鳩」、「騒ぐ刀」の全4編が収録されている。
宮部みゆきの時代モノ「霊験お初シリーズ」を読む前に、是非目を通したい短編集。
創元推理文庫、550円。
夏の甲子園大会優勝候補の最右翼である野球名門高のエースが殺害された上に、ガソリンをかけて燃やされるという凄惨な事件が発生した。
しかも、その現場を目撃したのは被害者の弟進也と、蓮見探偵事務所調査員加代子、そして元警察犬であるマサだった。
二人と一匹は、やがて事件の真相を追い始めるが・・・。
数多く作品を輩出し続ける宮部みゆきの処女長編。
凄惨な事件で幕開けし、かつ社会的なテーマを扱っているので重くなりがちなイメージもあるが、物語はマサという犬の一人称(一犬称だろうか?)で語られており、進也&加代子のキャラや読後感も爽やかな作品。
宮部ワールド未体験の方は、是非ここから第一歩を記してみては!?
小学館、各1900円+税、長編。
公園のゴミ箱から発見された右腕。
それは人間の命をもてあそぶ、とてつもなく卑劣な連続殺人の幕開けだった。
実際の事件でも、加害者の人権が守られていることに比べ、被害者の人権は無いに等しいのが日本の現状のように感じる。
この物語は、被害者側、加害者側、そして第三者の側からと、それぞれの立場から事件が語られていく。
徹底的に不幸に陥る人間もいれば、許し難いほど悪にまみれた犯人もいる。
病んだ現代では、こういった事件が物語の中ではなく、現実社会に常に起こりうること…すでに現実は架空の世界をも越えて歩き始めているように思う。
物語の中であっても、突然他者の手によって、蹂躙され壊される人生は、あまりにも残虐でかつ悲惨である。
途中、もどかしい場面も多々あったが、一気にグイグイ読ませる本である。
(2001.4.20初版発行)
実業之日本社、1524円+税。
杉村三郎はごく普通の妻子持ちサラリーマンなのだが、普通ではない部分があるとすれば、妻の父親が大財閥「今多コンツェ ルン」会長であることだった。
その義父の今多嘉親から、ある依頼を受ける。
今田会長の個人運転手を長年務めてきた梶田信夫が自転車に轢き逃げされ、亡くなってしまったのだが、遺された二人の娘が 父親の思い出を1冊の本にまとめ、できうれば犯人逮捕のきっかけにもしたいという内容であり、編集経験を持つ杉村に相談に乗ってほしいというものだった。
早速、梶田姉妹に会ってはみたが、妹の梨子は本を出すことに積極的なのだが、結婚を 間近に控えて父を喪った姉の聡美は出版に反対していたのだった。
杉村は姉妹の話から、自分なりに梶田の過去と轢き逃げ犯を見つけるために行動を開始するのだが…。
全体的に淡々としたペースで進行しながらも、実に宮部作品らしく、丹念に登場人物や心情描写がなされている。
現代社会のどこにでもありがちな「ささやかな事件」を扱いながらも、この事件をきっかけに、隠されていたさまざまな事件や人間関係の醜さ・哀しみをあぶりだしていく手腕はさすがである。
杉村家の透明感に満ちた幸せ(それはまるで温室のようなのだが・・・)とは対局的に、現実社会では圧倒的に大多数を占めるであろう男と女、あるいは家族模様が残酷なまでに醜く嫌らしく感じた。
宮部作品に爽やかな読後感、あるいは心温まるストーリーを期待しているならば、本書に限っては見事に裏切られることになる。
(2003.11.25初版発行)
角川書店、1300円+税、時代劇ホラー短篇集。
江戸を舞台に、怪しき異形のもの、怨念、復讐、鬼、亡霊、妖怪などなど、不気味で怪しい物語ばかりを9編収録している。
子どもの頃から声を発しない太郎が、奉公先で見たものとは?「女の首」、女中から笹屋の嫁となったわたしに義母は鬼の話を打ち明けた「安達家の鬼」など、どれも短篇ながらも読み応えがあるものばかりだ。
東京がまだ江戸だった頃—今とは比べようもない、底なしの闇には、きっとこんな「あやし話」がそこここにうずくまっていたに違いない。
影絵で読み語りを聞いているような、そんな心地にさせてくれる。
それにしても、異形のものも幽霊や妖怪たちも、怖いことには違いないが、やはりいちばんなのは人間の心の闇だということを痛切に感じる。
そんな救いがたい人間たちの深い闇の中で、泥田に咲く睡蓮の花の如く、清らかな心根をもつ登場人物に宮部作品らしさがさりげなく光る。
[収録作品名]◇居眠り心中 ◇影牢 ◇布団部屋 ◇梅の雨降る ◇安達家の鬼 ◇女の首 ◇時雨鬼 ◇灰神楽 ◇蜆塚
(2000.7.30初版発行)
角川書店、上下巻、各1800円+税、長篇ファンタジー。
三谷亘ことワタルは、小学5年生。
親友のカッちゃんや、学校の友人、塾友だちとも、平凡ながらも普通の小学校生活を送っていた。
そんなある日、友人たちと近所で気になるスポットでもある建築中のビルに幽霊が出るらしいと噂になった。
カッちゃんとこっそりそのビルへしのびこんだワタルだったが、そこで出会ったのは意外にもそのビルの持ち主、大松社長とその娘の香織だった。
一方、ワタルの耳元で、目には見えないささやき声が時折聞こえるようになり、その正体を探ろうとするのだが…。
ワタルが幽霊ビルや目に見えない声を気にかけている頃、自分の家でとんでもないことが起こりはじめる。
真面目一徹だった父が、突然母と自分を捨てて、知らない女のところへ行くというのだ。
両親が離婚するかもしれないという事態に、ワタルはある決心をする。
—「理不尽な自分の運命を変えたい」と。
そんなワタルの前に、運命の扉が開き、幻界への旅が始まった。
まるでテレビゲームを本で読んでいるような展開。
上下2冊の分厚さながら、ほとんどがワタルの幻界での冒険ロマンに費やされている。
これはこれで面白いのだろうが、宮部みゆきの作品ならば、もっと他の題材で読みたいという欲求が募る。
(2003.3.10初版発行)