〈石井 美樹子〉
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NTT出版、1300円(税込)。
副題は「王妃たちの英国を旅する」。
15世紀のイギリスに起こった内戦(1455〜1485年)は、ともにプランタジネット王朝の血をひくヨーク家とランカスター家の王位継承争いであり、両家の記章である白薔薇と赤薔薇から「薔薇戦争」と呼ばれた。
ヨーク家のリチャード三世を倒し、薔薇戦争に終止符を打ったのは、ランカスター家のヘンリー・チューダーこと、後のヘンリー七世である。
ここから華麗なチューダー王朝が幕を開けることになった。
本書では、チューダー王朝の華麗な繁栄をもたらした王の治世と王妃たちの物語である。
まばゆい光ばかりでなく、時として王位継承問題がもたらす不幸な影も見逃せない。
ヘンリー8世の6人の王妃たち、九日間の女王ジェイン・グレイの悲劇、エリザベス女王とスコットランド女王メアリーの闘い等々、興味深い話が数多く収録されている。(1996年11月26日初版発行)
朝日新聞社、2500円+税。
イギリスは中世以来、何度も王朝が交代している。
しかしながら、いずれの王朝も王もしくは王妃の系譜をたどると、十一世紀にイギリスを征服したノルマン王朝に行き着くという。
イギリスの王朝交代を左右してきたものを考えると、とりわけ母の血が重要視される。
本書では、ウィリアム征服王から始まるノルマン王朝、ヘンリー二世とエレアノールを祖とするプランタジネット王朝、身内同士で王冠を争うランカスター家とヨーク家、そしてプランタジネット王朝の終焉までを記した歴史読み物である。
時には王を支え、献身的に国に尽くす王妃もあれば、夫である王と反目しあい、最後には暗殺してしまうすさまじい王妃もいる。
歴史があればあるほど、統治する王と王妃もさまざまである。
まさに百花繚乱のごとく興味をそそられる、歴史の一断面でもある。(1997年7月10日初版発行)
朝日新聞社、3689円+税、長篇歴史小説。
ヘンリー八世妃キャサリンの栄光と苦渋に満ちた、波乱の生涯を描いた大作。
スペイン王フェルナンドとスペイン女王イザベラの娘である、王女キャサリンは、16歳になる前にチューダー王朝ヘンリー七世の長男アーサーに嫁ぐために、海を渡った。
長い航海の末、王室はもちろんのことイギリス国民にも歓呼をもって迎えられる。
もちろん未来のイギリス王妃として、である。
アーサー王子と盛大な結婚式をあげ、夫の任地であるウェールズに向かうが、新婚5ヶ月足らずでアーサーはあっけなく急死してしまう。
イギリスに留め置かれたキャサリンは、イギリス・スペインをはじめ、ヨーロッパの政局の渦に巻き込まれ、翻弄されることになる。
ヘンリー七世逝去後、跡を継いだヘンリー八世妃になるのだが、穏やかで幸せな日々は長くは続かず、やがてヘンリー八世との結婚が無効であるという、前代未聞の裁判さえ行われることになる。
その影には、王位継承という問題が横たわり、懐妊してもメアリー王女しか授からなかったキャサリンの悲劇が痛切である。
それにしても、ヘンリー八世の横暴ぶり、アン・ブーリンの嫌らしさはすごい。
ウルジーの滅私奉公の末の悲劇も、現代にも十分通じる教訓でもある。
ジョン・フィッシャーやトマス・モアの信義にのっとった最期も潔い。
でも何よりも、主人公キャサリンの不器用なまでの生き方—揺るぎない愛と信仰—が重くてすさまじい。全編にわたって貫かれている、キャサリンの頑なまでの「王妃として人生を全うする」ことの重さといったら並大抵ではない。
これは一国を任されたもののみが知る、王冠の重みなのかもしれない。
600頁を越える本書を読み終わったとき、王妃キャサリンの生涯とは、何と手枷足枷の多い人生であったことか、と思えてならない。 (1993.10.5初版発行)