赤間の日記−完結編−




 赤間は森の中の道を歩いている。既に三十センチ近く積もった雪の中を息を切らして歩いている。
家を出てから自転車でかなりの距離を乗っていき。丸一日かけて山の近くの町まで移動した
だが、その疲労は予想以上のものだった。どうやって夜を過ごすかも赤間は考えていなかった。
昨夜はかなり辛い夜を過ごした。この地方にはもう完全に冬が訪れていた。
 そして、今朝コンビニで多少の買い出しをしたあと、赤間は山への道をとった。
登り始めてしばらくすると、登りの辛さと積もった雪が行く手を阻んでいた。
ハンドルも取られ一向に進めない。赤間は自転車を捨て、歩き始めた。
しかし、まだ目的の別荘付近までにはかなりの道のりがある。
最初は小気味良いぎゅぎゅ…という新雪を踏む音が心地よかったが二十分も歩くと疲れが勝ってきた。
 体力が劣りまくっているな。ずっと家の中だったからな……。
昨日の自転車大走行だけでもかなり辛いのだが、赤間は一歩一歩雪の中を踏みしめていく。
 行くぞ…例えボクを何が待っていようが……連れ戻すんだ…。


 山の中腹にその別荘はある。佐久間玲、浅黄信子の二人がそこにきて約三週間がたっていた。
別荘は少し開けた草原の脇にあり背後はすぐ森になっている。普通なら別荘とは思えないところだ。
一階ではロッキングチェアーに座り本を読んでいる。床には絨毯が敷いてあり外の寒さなど感じられない。
奥に見える通路は台所につながっている。その通路からスープを盛った皿を浅黄が運んできた。
小さなテーブルにそれを置くと玲は浅黄に微笑んだ。浅黄も身に余るといった感じで微笑み返した。
この一場面に何か不自然なことがあるだろうか?
幸せそうな暖かい空気の中だった。


 午後四時、辺りは暗くなり始めていた。赤間は自らの力の無さを感じていた。
元から体力に自信などはなかったが休みを取っても体のあちこちの疲労が抜けない。
激しくまばたきをして気を引き締めようとしているがそれも無駄なことだった。
ここから別荘までどれだけあるのか……今夜はどうすればいいのか………不安が積もりだす。
三日前から雪はやむ気配はなかった。今歩いている道は車が一台は通れるような砂利道。
だが降り続ける雪で膝を超すほどにもなっているだろうか。これでもいつもに比べれば雪は格段に少ない。
赤間は歩く度にはぁはぁ息を切らしている。今歩いている道は地図にも載っていない。
しかし赤間はこの先に何かあることを確信していた。少し前…少なくとも一週間以内に人が通ったようだ。
他の雪に比べ、赤間が歩いているところは雪のつもりが見た目よりも少なかった。
そして下には踏み固められた多少の雪。これだけのことを頼りに赤間は道を歩いていく。
道の勾配は平坦になっていった。日が暮れていき焦る赤間だったが、先には何も見えてこない。
どこまで歩き続ければいいのか。赤間は顔をしたにむけたまま歩き続けた。


 温かいスープを飲みながら玲は深いため息を付いた。ここ二、三日体の調子が良くない。
喀血を今日も二回…。顔には微妙にやつれの様子も見える。
浅黄が側に寄ってきて背中をさすった。浅黄の顔に微笑みは絶えない。
二言三言言葉を交わした玲は、部屋で休むため二階に消えていった。見送る浅黄には微笑み。
 あの娘は…もう微笑みが絶えないのね
自らが勝ち取ったものの前で自分が何もできないのが口惜しくてたまらない。
ただ…もう逃げない、自分の前から無くならないものを手にした喜びを長く味わっている。
 この時の終わりの前に……私の幸せを…………