てのひらの花


 少年モノローグ。

(最近彼女との連絡があまり取れない。でも、彼女の性格を思えば
 良くあることだとも思った。めんどうくさがり、かなしがり。だから、
 たまのデートは貴重)

 公園、男女が二人すわっている。
 きれいな緑。

少女「この頃ね」
少年「ふん」
少女「手のひらに花が咲くの」(とても真面目な調子で)
少年「……ほう」
少女「ここのところ(といって右の手のひらを開いてみせる)、見える?」
少年「見えない」
少女「つまんないひとね」
少年「仕方ない」
少女「……ほんとうにみえないの?」
少年「(少し困ったように)見えないよ」
少女「そう……」

  しばらくの沈黙。とんでいく鳥。

少女「見えるかと思ったのに」
少年「……」
少女「何の花だろう。きれいな薄い花びらよ。何枚も重なってる。とても
   ちいさいの。だけど、よく見ると見えるの」
少年「……痛くないの?」
少女「痛くない。たまに枯れるの。でもかなしいことのあった日は、
   また咲く」
少年「咲くとうれしい?」
少女「嬉しい」

  公園の噴水。遠くの東屋。

少女「ねえ、お得意の『たとえば話』をしてよ」
少年「なんだよそれ」
少女「どうして花が咲くのか」
少年「見えねえもん」
少女「でもここにある。咲いてる」

  少女は少年をじっと見つめる。少年は根負けしたように
  肩をすくめる。

少年「例えば、君は良く転ぶね?」
少女「そうね」
少年「そのとき土に手をついて、その瞬間思わぬ所に落ちていた
   種が皮膚を突き破り手のひらに居座った。君が泣くと水分を
   吸収して種は成長する。そして花が咲いた。……どう?」
少女「痛そうな話ね」
少年「他には思いつかないね」
少女「じゃあ私はおかしい?」
少年「そんなこと言ってないよ」

  少女は少年を見つめる。少年は少女の手のひらに目をやる。
  一瞬、小さな小さな花が咲いている様が見えた、気がする。
  少年は一瞬口を開きかけ、やはり何も言わず閉じる。

少女「さよなら、また、いつかね」
少年「……さよなら」
少女「信じてね」
少年「……うん」
少女「さよなら」

  時間経過。鳴らない電話。考え込む少年。じっと手のひらを
  見つめる少年。彼女の写真。

  起きあがり、少女の家へ向かう少年。ピンポンしても出てこない
  彼女の部屋(アパート)。合い鍵で入る少年。

  一面緑の部屋。真ん中に彼女が寝ている。両のてのひらに
  可憐な花が咲いている。彼女から伸びた蔓は細く長くみずみずしく、
  部屋中を覆っている。

少年「信じてたのに」

  少女のてのひらの花にそっと触る。

少年「見えるよ。咲いているね。……君の世界に僕も、
   入れてくれるんだね」

  眠ったままの少女。

少年「見えるよ。ちゃんと見える。きみがみえる」

  緑の植物が一斉に、ざっと茶色く枯れる。
  ただ、てのひらの花だけが可憐に咲いている。

少年「おはよう。……いい天気だよ」

  少女が、静かに目を開けた。

  END

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