ノビ男


『ノビ男』

舞子『じゃあ私もう仕事行くから。今日はちゃんと学校行きなよ』
ドアを閉める音。
秀征はベッドで寝ている。
舞子と秀征が付き合っていることが枕元の写真から分かる。
楽しい夢でも見ているのであろうか,わずかにニヤける。
『ジリリリリリリ』
突然目覚ましが鳴る。
秀征はビクリと身体を動かし,やがて目覚める。
そしてゆっくりと上体を起こし目覚まし時計を止める。
『う〜』
秀征は鈍く唸った後でボサボサの頭を掻く。
そしてベッドから降りる。
『ゴツッ,ふぁれ?』
秀征の上半身はベッドから転げ落ちてしまう。
再び頭を掻きむしる。
そして目覚まし時計を見る。
『あ!やっべ』
慌てて立ち上がろうとし手を床につく。
『え?』
秀征はさっきまで自分がいたベッドに目をやる。
ぐしゃぐしゃの布団から間抜けな脚がはみ出ている。
『あ〜?え?あ・・あ〜!』
秀征は腕を伸ばし慌てて布団をめくる。
そして恐ろしいことに気付く。
何と秀征の胴体はまるでゴムヒモのよう延びており,上半身と下半身がヒモ状の皮一枚でつながっている状態になっているのだ。
一瞬凍り付く空間。
『はははは』
そのあまりの滑稽さに笑うよりない秀征。
『夢だろ・・・』

サーカス小屋で客に挑発を繰り返す団長。
『ノビ男』の看板。
奇妙な化粧をした秀征が鉄パイプにとぐろを巻いている。

想像にぶるぶると身震いする秀征。
『どーすっかな〜コレ』
半ば投げやりである。
ほふく前進のように腕をついてテーブルにたどり着き,そしてタバコに火を付ける。相変わらずぴよ〜んと延びてしまった胴体。

デパート。
婦人服売場。
商品の整理をしている舞子。
かっこいい制服姿。
そこにベテランの先輩が近寄って来る。
先輩『橘さん,電話はいってるわよ』
舞子はすみませんと先輩に一礼した後で電話口に走り受話器を取る。
舞子『お電話変わりました。橘ですが』
秀征『舞ちゃん,オレやばいよ』
相手が秀征であると分かった瞬間,舞子は顔がこわばり,小声で怒り出はじめる。
舞子『何よヒデ!こっちに電話しちゃダメって言ってるでしょ!』
秀征『オレ・・・』
舞子『いい加減にしな!お金だったらいつもの引き出しにあるでしょ。ね?それよりちゃんと講義きなよ?テストなんでしょ』
秀征『うん,それなんだけど』
落ち込んだトーンに察した舞子。
舞子『うん,分かった!分かったから。今忙しいから切るよ。帰ってからね。んじゃ』
一方的に話を切り上げ受話器を置く舞子。
たまたま側でいた同僚が声を掛けてくる。
同僚『やっぱ若い子って疲れない?』
舞子『そうなんだよねぇ〜,悩み聞いて欲しいの私の方なのに・・・別れよっかなぁ』
同僚『またまた〜』
舞子『ふふふふっ』
ベテランの先輩が咳払いをする。
恐縮する二人。

大学の講義室。
多くの人がテストを受けている。
その中に秀征の姿もある。
秀征,カメラ目線でため息混じりにつぶやく。
『ど〜すんの。これ?』

ベッドの上の下半身。
そこから延びる直径約1センチの肉色をしたヒモ。
アパートの1室から延び出たそれはタバコ屋の角を曲がりコンビニの前を通って大学の構内に入っていく。
講義室の外に投げ捨てられている台車。
シ-ンと静まり返った講義室。
皆真剣にテストを受けている。

再びアパート。
早番で帰って来た舞子がドアを開け,そのただならぬ状況を見て悲鳴を上げる。そこへ突然の電話。
恐る恐る受話器を取る舞子。
舞子『もしもし・・・』
電話の相手は秀征である。苦しそうにしゃべり出す。
秀征『あ,舞ちゃん?オレだけど』
舞子『あ!ヒデ?よかった。何か分かんないけど早く帰って来て!すっごい怖いんだけど』
ベッドの上の下半身。
秀征『いや,ウン。分かる。分かる。でも,それ実はオレの下半身なんだ』
舞子『え?何言ってるの?』
秀征『いや,ウッ,痛ッ!その説明は後でするから。それで実は今テスト受けてんだけどさぁ,ものっすごい腹が痛くて・・・どうも盲腸みたいなんだけど』
舞子『は?えっ,じゃあさぁ,やばいんじゃない。っていうよりも何であんた学校行ってんの?』
秀征『えっ?いや舞ちゃんが行けって言ったから・・・いや,それよりもホントにやばいんだ。痛ッ!悪いけど医者呼んでくれない?』
舞子の方も相当気が動転している。
舞子『ウン,分かった分かった!一度切るね』

舞子,病院に駆け込む。
医者を呼ぶ。
医者が来る。
再び電話する。
(もうここらへんは写真みたいに切り取って大ざっぱにいこう)

舞子『もしもし,ヒデ?呼んで来たよ』
医者,いたって冷静である。
医者『それで何処が痛いんですか?』
電話にてやりとりをはじめる。
秀征『いや,そこじゃないです。もうちょっと上。痛ッ!』
医者『それでは,ここでしょうか』
秀征『いや,微妙に違うんですよね。すみません。あと2メートルぐらい学校側に来て下さい』

医者がやりとりをしている10メートルぐらい先で植木屋のおっちゃん,庭木の剪定をしている。
おっちゃんは秀征の胴体を見て言う。
『お?何でぇこのヒモは?作業のじゃまになっていけねぇやね』
おもむろに植木バサミを掲げる。
パツリ。
『プシュ〜!』
吹き出す鮮血。
おっちゃん『うへぇ,何でぇこれ,真っ赤っかじゃねえか』
そして肉色をしたヒモが血で染まる。

講義室。
こちらでは対照的に真っ青な秀征が机に伏せる。
秀征『何でヒモになんかなっちゃったんだろ??』

おしまい

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