ブルースカイの絵本制作物語9月





9月上旬


ナイーブ・シンクタンクに所属する友人たちが絵本の製本の仕方、考え方などをいろいろ教えてくれた。そしてその後、僕らはハンズに行きいろいろな素材や製本の方法などを見てきた。世の中には実の様々なものがあるものだ!

楽しい構想が次から次へと浮かんでくる。表紙にはどんな布を使おう?
タイトルや名前はどんな紙をそこに貼り付けよう?
あるいは刺繍するという手もある。
ああ、ひもを使って文字を書くことだってできるんだ!

新しい世界にふれ、僕のこころは踊っていた。



9月中旬


内容はさておき、製本に関しては全く初めてだったので、とりあえず紙やボンドなどを買い込み、ダミーの絵本を作ってみようとする。

が、言うは簡単、日頃パソコンで絵を描き文章を書き便利な機能を使うことに慣れきっていた僕にとって、場所を作り、実際に手を汚し、ものを作るというのは想像以上に大変なことだと初めて気がついた。

絵本のページを作るための紙を用意する、という単純なことでさえ、まずは紙のサイズを測り、線を引き、その通りにカッターを当て切っていくのはほんとうに骨が折れる作業なのだ!
まず線が思ったようにまっすぐに引けない。何枚かの紙に同じ物差しで測り線を引いたはずなのにミリ単位で狂ってくる。
それを無視して強行突破して、さて切る段階に入ると今度は定規にカッターの刃をぴったり添わせているつもりがいつの間にか斜めにゆがんだりしているのだ。
しかもパソコンのようにundoは効かない。
切れてしまったものはそのままにして最後にヤスリをかけるしかないのだ。

ようやく切り終わると今度は紙を貼り付けるという作業が待っている。

「紙は濡れれば反る」

という当たり前のことにさえ僕はそのときまで気づいていなかった。貼るそばからはじがめくれてくる。ボンドでベトベトになった手で強引に押しつけると紙が汚れてしまった。
これが絵を描いたあとの作品だったら、全部書き直さねばならないところだった。

絵本の内容が日々僕の中で育ってゆく。それに伴い画材もパステルからアクリル絵の具に変更をすることになった。

アクリル絵の具は高校生の頃使ったきりである。近所の画材屋に走り、アクリル絵の具の特性やモデリングペーストなどの話を聞く。
とにかくいくつか試してみようと、いくつかの下地を購入し、早速試し描きをしてみる。
なかなか思うような表現ができず、本屋で下地材や仕上げ材について読みあさる。
そして、ついになにをどんな風に使おうかという方針が少しづつ見えてくる。

僕の中で物語がどんどん膨らんでいく。
どんどん膨らんでしまいには僕の中で「とにかく早く形にして出してくれ!!」と僕の鳥が僕に迫ってくる。
そうだ、僕は僕の鳥に形を与えなくてはならない。



9月26日


「僕の鳥」はいったいどんな風に飛ぶんだろう?

僕は鎌倉のうみへ行った。そこに僕の鳥がいることは知っていた
ところがたどり着くとすでにあたりは闇に包まれ、僕の鳥もねぐらへ帰ったあとだった。
久しぶりにながめる鎌倉のうみ。遠くには房総半島の灯りまで見えている。
たくさんの星とほっそりとした月。江ノ島の灯台の灯りに照らされて波間に漂う舟。

しばらく僕はただ僕の中を流れていく感情をあえて言葉にせず流れに身を任せてみた。



9月25日


かねてから考えていた絵本のデッサンを始める。
頭の中にはすでにすっかりできあがっていると思っていた絵が実際に鉛筆で描き始めるとなかなか思うような形にならない。

しばらくお気に入りの静かな音楽の中で写真集をながめる。そこからはいろいろな新しい発想が浮かんできた。静かな心地よい一時だった。



9月27日


絵本の下書きをする。
僕は僕の鳥がどんなふうに飛ぶか見に行ったりしたけれど。
いや、写真のようなうまい絵はいらないんだ。
僕の中から自由にわき出るものを描けばいい。
僕の鳥はそれを望んでいるんだ。



9月29日


そろそろ9月も終わりだ。ナイーブ・シンクタンクに正式に参加表明をしなくてはならない。
そのための事務的な手続きのためと、絵本の材料やたまごの下見にでかけた。
何件かの画材屋や手芸店に足を運ぶ。
途中疲れて喫茶店に入る。
外はもう夕暮れ。道行く人々を眺めてみる。
それぞれの思いを胸に家路をたどっているのだろうか。

みんな行く先を知っているのだろうか。
僕の鳥はどこへ行くのだろう。確かに物語の中では僕の鳥の行方を僕は知っている。
でもそれは僕の理想を描いているのだ。

それにしても何かを作るというのはエネルギーがいる。
HPを作り維持していくのも確かに大変だが、たまに形があるものを作ろうとするとそれを強く実感する。
デジタルなものを作るのならPCの前に座り、必要なものが手元になければその場でネットから拾ってくることが出来る。
ところが絵本の場合そうはいかないんだな。
紙一つ選ぶにも電車に乗ってでかけ、実際に紙を見、触り、その質感や厚み、色などをいちいち確認しなくてはならない。
たまごにふさわしい布やファスナーにしたってなかなか希望通りの寸法では売ってくれる店も少ない。ファスナーの長さなんか自分で簡単に切って加工するわけにはいかないのだ

帰ってくるとさっそく先ほど買ってきた紙に本描きをはじめた。
絵の具に混ぜる微妙な水の加減が難しい。
ざらざらと、なおかつ重苦しく悲しい感じはどうやったらでるのだろう?
考えてみればアクリル絵の具を使うのは高校の時以来だ。
あのときは友人の絵を描くという課題が与えられた。
僕は自分の絵がへたくそなことを気にしてなかなか描けなかったんだ。
だって、そうだろう。誰だって自分の絵はうまく描いてほしいんじゃないかな?
そんな気ばかり使って息苦しいだけの時間をひたすら絵の具で塗りつぶした。

単純に計算しても一日3〜4ページは仕上げていかないと絵本展には間に合わないことになる。実際に描き始めてみると絵の具やモデリングペーストは思った以上に乾きが遅いようだ。
一枚ずつ仕上げていったのでは一日が何時間あったって間に合ったものではない。
同時進行で何枚かの絵を描いていかなければならない。そんな当たり前のことにいまさら驚く。

しかし描き進めていくうちに次第に絵の中に引き込まれていく。
そこではうまいとかへたとか、点描がどうとか関係ない。自分の思うままに筆を進めていく。僕の鳥がだんだん形をとりはじめる。
そして動き出す。鳥が動くままに、僕は時間を忘れて絵を描き続けた。

ときどきふと手を休めるとバロック音楽が流れてくる。絵を描くのにふさわしい音楽かどうか疑問だがすくなくともJAZZを聴く気分ではなかったようだ。



9月30日


とうとう今日で9月もおしまいだ。
絵本展まであと残すところ一ヶ月あまり。

ここのところMacからWindowsへ乗り換えたためにWindowsに張り付け状態だったから絵本の方はほとんど進んでいなかったつけの重みをずっしりと感じる。

というのも、昨日に引き続き本描きを進めていったのだが、一日中かかっても大した量が描けないのだ。
特に前半1/3は絵も細かく、その上なれない絵の具に悪戦苦闘をした。
下地剤の使い方がよくわからないのだ。

最初に画材店に行ったとき、店員のおじさんに正直に初心者である旨を告げ、テクスチャージェルのそれぞれの用途や雰囲気を尋ねたのだが、
「使ってみなけりゃわからない」
の一点張り。とりあえずモデリングペーストだけ買うと、おじさんはおもむろにレジの下からテクスチャージェルの説明のパンフレットを取り出し、
「こんなのもあるから参考にするといいよ」
というではないか!僕は最初からこれが欲しかったんだよ!

しかし、今にして思うといくらパンフレットを眺めたところで、どのテクスチャージェルを僕が必要としているかわからなかっただろう。やっぱり「つかってみなけりゃわからない」ようだ。

下地や絵の具の乾き具合を見ながら昼間は前半1/3にかかりきりになってしまった。それでも完成したのは6ページ分だけ。しかもまだ文字もいれていないし、仕上げ剤も塗っていない。
だが、描いているうちにだんだんテクスチャージェルや絵の具の取り扱いになれてくる。 いっそのこと難しい前半は後回しにして、夕方からは後半部分を描き始めることにした。

後半部分は基本的には同じような背景で基本的なパーツは一緒なので全く同じ部分はまとめて下地剤を塗ることにした。なんだか一気にはかどったような気がする。

だが、これがPCなら、背景を設定して、あとはレイヤーで個別のパーツをのっけたり、移動させたり、向きを変えたりするだけですむのにな。
そんな思いがふと頭をよぎる。
これを手作りの良さと考えるか、不便さと考えるか。

そうなのだ。たとえばかなり広い面積を単一の色やグラデーションで塗りたいようなときでもPCだったらバケツツールでワンクリックですむところを、なんども、なんども、筆を動かし途中で絵の具を足したりしながら何分もかけて仕上げていくのだ。挙げ句の果ては筆の跡が残ってしまったりしてきれいに塗れなかったりするとがっかりしてしまう。

だか、それだけにだんだんコツを飲み込んで、思い通りの表現が出来たときのよろこびはひとしおなのだ。
一点に神経を集中して筆をおろす。一ミリの狂いも許されない。ここではundoは使えない。そんな場面にも何度か出くわした。
こういう緊張はたまにはいいものだ。

しかしそのためだろうか?ひさびさに肩がこった。
普段は昼間からPCを使い初めて、夕食とシャワーの時間を挟んで深夜11時から朝、外が明るくなってくる頃まで使っていても肩がこったことなどないのに。
風呂上がりの「ナースタッチ」(肩こりに効く塗り薬)はまさに白衣の天使の贈り物のように心地よかった。




10月の制作物語