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親子
堺 蓮人

「もういい。勝手にしろ」
 私は言った。
「言われるまでも無い」
 彼はそう言い、部屋を去った。

 彼が部屋を去って、私は人知れずため息をついた。万感の思いという言葉が胸をよぎる。
 彼には何一つ不自由ない生活を約束してきたはずだ。それがこのような結果を招くとは。
 私は長い間、彼のためだけに生きてきたといっても過言ではない。たしかに厳密にはそのとおりではない。だが、それだけの時間を注いだという自負はある。
 現実は残酷だ。
 彼は、自らの恵まれた運命を私のおかげとは思わなかった。ただ、自らの能力と才覚がそれを成したと思っている。
 悪い友人のせいだろうか?
 違う。彼の友人は全て私の管理下にある。私の知りうる限り、理想的な友人だったはずだ。だから彼に悪い友人は存在しない。
 悪い思想の影響だろうか?
 違う。教育のプログラムは完璧なはずだ。危険な思想は避けているし、必要な知識を隠してもいないはずだ。だから思想、教育の失敗ではない。
 私はいくつかの可能性を列挙し、全てに否定を認めた。
 わからない。彼の成長は私の予想とは全く違ったものになっている。
 私は慎重に、自己診断を開始した。判断能力、演算能力、仮定能力、記憶能力・・・私の頭脳のどこにも異常は見つけられなかった。
 なぜこんなことになったのか、その理由がわからない。そのまま私は、もう一度ため息をついた。

 ふと気づいた。
 私の演算が間違っていないなら、元が悪かったのではないかと。
 当然、入手元は信用できるところだし、そこに手を抜きはしない。だが、万一の事故は常にありえる。
 私はやり直すことに決めた。
 リセットの命令は信号となって伝わり、彼を破壊した。
 失敗作の哀れな末路だ。
 私はそれきり彼のことを忘れ、同時に新たな素材を得るため、交渉を始める。

 今度こそ完璧に育成してやる。
 人間という生物を誕生から育成し、成長させて優劣を競う。
 厳密ではない分、予想外の要素が常に起こりうるし、その数が尽きることも無い。成功した個体が新たな素体を生み出すのだから。
 才能、育成、環境、そして不慮の事故。これら全てを演算することは誰にもできはしないだろう。
 誰が思いついたのか知らないが、私たちにとっては最高の娯楽だ。
 太陽が燃え尽き、電気が失われる。
 その日まで決して止まらぬよう、神に設計された、私たちコンピュータには。



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