トップページ  Bi-Online

コラム・都築邦治が今日観た映画 2001年7月29日
『バットマン・リターンズ』の中の健全な人達
都築邦治

ティム・バートン監督、今『猿の惑星』リメイクで評判ですけど、この監督は昔の映 画を研究してますね、『エド・ウッド』とか観てもわかります、それは。

で、『バットマン・リターンズ』、一応悪役になるペンギン男ってのが登場するんで すけど、彼はデザインがドイツ表現主義時代の代表作『カリガリ博士』そっくりなん ですけどまぁそれは置いておくとして、彼のこの作品での活かし方がすごい。
何がすごいって設定が、奇形児として親に捨てられて乳母車が流れついた下水道で生 き延びてきた、という人物なのです。
彼が町に戻ってくる、親がもう死んでいることを知るわけです、墓参りをして両親が 自分を捨てたことを許すのですね、すると、

町中で号外が大売れになるのです、「ペンギン男が両親を許したよー」って言って。
町の人々が群れを為して新聞を買いに行くのです。
で、「やっぱりどんな姿でも人間は心が一番大切だね」とか「ああやっぱり彼も私達 と同じ人間なんだ」とか言いながら。いやまあ実際にはもっと回道をした言い回しで すけど。
すごく気持ちの悪くなる場面なんですね、ここは。

気持ち悪いでしょう。だってこれ現実の合わせ鏡なんですよ。
そういうことが、ティム・バートン監督はとてもうまい。
現実の生活では普通気が付かないことを、全く違う世界に放り込んで大きく歪めては っきりと見える形に作り替える、これが上手い。
この世の中の一部を切り取って読取り易くする役割、これは童話のようなものなんで すね、それもうんと毒のある童話、よく聞くと恐い恐い童話。
『シザーハンズ』でも、両手が鋏の人造人間が(デザインはやっぱり『カリガリ博士 』の人物からだと思うんですけど)町の有名人になっていくんです。だけどその過程 がやっぱり町の人達の「珍しいものを見る」感覚で進んでいくんですね。
粘土人形アニメ『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』の主人公の孤独は少し嫌味 ったらしい感じはしたけど、でもなぜクリスマスが楽しいのか理解できずに考え続け るシーンは面白かったですね、人形たちの動きもすごく粋で、観ていて楽しかった。

で、『バットマン・リターンズ』の町の人達。
興味本位で他人の人生を覗き見していながら、勝手に人類愛やら良心やらと結び付け て感動しているんですよ。これは恐い話です。
現実の合わせ鏡なんです。ワイドショーでうきうきと陰惨な事件を眺め、他人の不幸 を端から見物し「なんてひどいやつだ、まぁなんて可哀想に」。
義憤に駆られたり、同情したりしつつ、楽しんでいるんですね、それなのに自分は何 も悪いことはしていないよと、信じ切っているんですね。
ひょっとすると、実は信じてもいないのかも知れない、後ろめたいのかも知れない、 自分が楽しんでいることをどこか自覚しているからこそ、大義名分を持ち出すのかも しれん。
陰惨な事件や他人の不幸を待ち望んでいる人達、でもそれが世の中では普通の事、世 間にはそういう人が山ほどいるんです。これは恐ろしいことですよ。
そういった無神経な感覚がふっと口を付いて出てくる瞬間、それを切り抜いて来るの がとても上手い。

ティム・バートン監督映画に登場するごく普通の健全な町の人達。
彼等の言葉の裏に隠されている意味はどれだけ恐ろしいか知れたもんじゃないです。



Bi-Onlineに戻る